ちょうど半年前の6月18日午前7:58、大阪府北部を震源とするM6.1の地震が発生しました。伏見城が倒壊した文禄5年(1596)の「慶長伏見地震」を引き起こした有馬ー高槻断層帯の活動によるとされています。さらに震源地は同断層と、大阪を縦貫する上町断層帯とが交差する部分ともいわれています。上町断層帯は適塾付近ではわずか数百mの距離の堺筋あたりを走っていて、最寄りの観測点・大阪福島区福島では震度5弱を記録しました。

地震発生当日は、郷土の英雄"地震加藤”よろしく適塾にかけつけました(当時はこんなネタは思い付きもしませんでしたが…)。灯籠の転倒、土蔵の漆喰の亀裂、建物内部の土壁の剥落などの被害が見られ、安全確認のため休館しましたが、文化庁の視察の結果、建物の構造自体への影響はないとのことでしたので、1週間ほどで再開しました。2013-14年に行った耐震改修工事が功を奏したようです。なお被害の概要については『適塾』51号(2018年12月)にて報告しております。

復旧工事については、文化庁からの災害復旧費が付きましたが、着工は年明け以降になります。一時休館の措置をとる可能性があり、みなさまにはご迷惑をおかけしますこと、あらかじめご了承下さい。

最後に、文禄5年なのになぜ「慶長伏見地震」?と思った方は鋭い!文禄5年9月には伊予(愛媛)・豊後(大分)そして伏見と大地震が続発しており、天変地異を攘災するために翌月に慶長へ改元されました。このような災異改元は、明治以降の一世一元の制によりなくなりましたが、来年の改元は一世一元の制以後、初めて予告されたものになります。今年の漢字は「災」に決まったように、本当に災害の多い一年でした。被害に遭われた方、その関係者の方に改めてお見舞い申し上げます。

新着情報一覧へ