プロジェクト概要

 

はじめに:
10年越しで完成させたい、長編アニメーション

 

宇田川東樹と申します。長年映画業界で、ドキュメンタリー番組やアニメーション映画など、さまざまな作品のプロデュースに携わってきました。

 

今回、世界的アニメーション監督ジミー・ムラカミ氏(代表作「スノーマン」「風が吹くとき」など)が遺したアニメーション作品『ヒロシマ・夏の名残のバラ』の構想を約10年越しで形にしたいと考えています。

 

ジミー・ムラカミ氏
撮影:保科義久

 

これは、ジミー氏が自らも日系アメリカ人として強制収容所に入れられた経験の中から考えられた作品です。戦争で殺されていった人々への鎮魂とその裏にある強大な力にも屈しなかった人間の愛……。

 

惜しくも彼はその制作に着手する前に亡くなってしまいましたが、この壮大なテーマに惚れ込み、なんとかこの遺志を継ぎたいと願う有志が集い、今回プロジェクトチームを立ち上げました。

 

ただ、120分に及ぶ長編アニメーションを制作するには、脚本からキャラクターデザイン、絵コンテ、作画、CG、音楽……膨大な手間と費用がかかります。

 

キャラクターデザインは、かわぐちかいじさん。脚本は、冨川元文さんなど、心強いスタッフ陣は集まってきましたが、課題は費用です。そこで、まずは制作プロジェクトの第一弾(すべての基礎になる、脚本とキャラクターデザイン)に当たる部分を、クラウドファンディングで募りたいと考えています。

 

作品を作り上げる過程をご支援者の方々と共有し、「皆で作り上げる作品」にしたいと願っています。どうかご支援よろしくお願いいたします。

 

撮影:保科義久

 

 

あらすじ:

舞台は、1945年の広島。主人公は、広島の女学生とアメリカ人のパイロット。

 

1945年。アメリカが広島を原爆投下地としたのは、市内に連合国軍の捕虜収容所がなかったことが、その理由の一つとされていました。

 

しかし1976年、広島で被爆したアメリカ人捕虜の存在が記された外交文書が発見された。そしてその後、偶然生き残ったアメリカ人パイロットの証言により、広島及び呉には50人余にのぼる被爆アメリカ兵がいたことが明らかになった。この事実をアメリカ政府は知っていたにも関わらず原爆投下を決定したのだーー。

 

物語は、第二次世界大戦末期1945年の広島が舞台。広島の呉を爆撃したB24爆撃機が撃墜され、広島市内の中国憲兵隊司令部に連行されたアメリカ人捕虜ジャック・オブライエンと、その捕虜の看護に当たった看護師見習いの女学生 林 典子との間に、恋心が芽生える。しかしその二人に降りかかったのは、8月6日の原爆だった……。

 

アメリカ人と日本人。敵と味方という関係の中で二人が確かめ合うのは、お互いに「人」であること、その絆だった。原爆という哀しい運命の中で翻弄される二人。「被曝したアメリカ人」という、広くは知られていなかったこの史実をもとに構成される、ヒューマンストーリー。

 

※この物語は、フィクションです。広島平和記念資料館、広島・皆実有明アーカイブス継承委員会、森重昭さんから資料を提供いただいています。

 

画:かわぐちかいじ

 

 

制作のきっかけ

:ジミー・ムラカミさんの遺志を継いで

 

ジミー・ムラカミさんは、日系アメリカ人で、世界的なアニメーション監督です。

 

私は、1986年制作の『When the Wind blow』(1987年日本公開『風が吹くとき』)の日本公開のプロデュースをきっかけに親しくなり、その後もジミーさんが来日するたびに面会する仲でした。

 

The Snowman and The Snowdog 2012
発行・発売:NHKエンタープライズ
When the Wind Blows 2001
発売・販売:アット エンタテイメント

 

2010年、第13回広島国際アニメーションフェスティバルでジミーさんの代表作品が特別上映された際も彼は来日していましたが、そのとき東京で会い、新作の構想について相談を受けました。

 

ジミーさんは、「最後の作品は、広島を舞台にしたものにしたい」

 

それも、広島で被曝したアメリカ人捕虜をテーマにしたい。と彼は語りました。ジミーさん自身、戦時中、日系人としてカルフォルニアの日系人特別強制収容所に送り込まれた経験もあります。戦争で死んでいった人々への鎮魂と、その背後にある強大な力にも屈しなかった人々をテーマに、「最後の長編」を作りたいと言うのです。

 

「宇田川も、日本側のスタッフを集めて協力してくれないか」と依頼されました。

 

撮影:保科義久

 

ところが、制作に向けて取材を進めている最中、ジミーさんは2014年に80歳で亡くなり、この企画は暗礁に乗り上げました。

 

しかし、生前ジミーさんが取材に当たっていた関係者の多くから、「何とかジミーさんの意志を継いで完成させてほしい」との声を掛けていただきました。私自身、ずっと心に留まっていた企画だったので、このたびついに動き出すことを決めました。

 

 

いざ制作スタート!

:今回譲れない、3つのこだわり

 

【1】脚本

 

広島の被爆は数知れなく描かれていますが、意外な事実を知ったことで、これまでにない視点で脚本を作りました。ある意味テーマメッセージも少し違ったものになりましたが、少しでも伝わればと思います。

 

また、かわぐちかいじさんが描いた主人公の顔には、現代日本人が失った当時の人間性を描き表しています。「アニメだからリアルじゃない、ということではなくアニメだからこそ本当の人間が書ける」そうした作品になればと思います。

 

【2】キャラクターメイキング

 

このアニメーションの制作をスタートさせるために、重要なのがキャラクターデザインです。そこで漫画家のかわぐちかいじさんにお願いしました。

 

かわぐちさんとは旧知の仲で、以前からアニメーションを作りたいと、しばしば話をしていました。かわぐちさんは広島のご出身で、しかも飛行機の中のコックピットや司令部の中などリアルな描写もお願いできる。今回依頼するなら彼しかいない、とお願いしました。

 

かわぐちさんとしては、初めてのオリジナルアニメーション作品(しかも、初めての女性主人公!)です。悩まれましたが、ご快諾いただきました。かわぐちさんの手になる、凛々しい女学生が楽しみです。

 

 

【3】歴史考証

 

史実を扱う作品として、もちろん歴史考証も重視しております。

 

当時を経験された方々はどんどん少なくなっていますが、主人公の時代考証については、広島平和記念資料館や広島県立広島第一高等女学校(現広島県立広島皆実高校)を卒業された中西静乃さん(91歳)にお会いし、原爆投下当時のお話をお聞きしました。

 

提供:広島・皆実有朋アーカイブズ継承委員会

広島県立広島第一高等女学校(現広島県立広島皆実高等学校)を卒業された中西静乃さん(在学中 学校報国隊救護班班員として広島赤十字病院で実習)

 

さらに、著書『原爆で死んだ米兵秘史』で知られる森 重昭さんにも取材を重ねています。これから制作が進めば、さらに丁寧な取材を続けていく予定です。

 

提供:毎日新聞社

オバマ元大統領が広島を訪問した際に、抱擁を交わす森さん

 

今後のスケジュール

:2020年の試写を目指して、まずはファーストステップ

 

もちろん、一挙に短期間で長編アニメーションを完成させることは難しいので、今回のプロジェクトでは、まずその第一段階である脚本とキャラクターデザインの完成を目指します。

 

アニメーション製作には大きな費用がかかりますが、まずそのプロトタイプとなる脚本やキャラクターデザインがなければ、企業からの協賛や助成金を申請することすら難しく、まず土台をきちんと作るため、このたびクラウドファンディングという手法に挑戦することとなりました。

 

今回目標金額を達成することができれば、速やかに脚本の完成に着手。製作プロジェクトが動き出すことができますが、もし達成できなければ、そもそもこのプロジェクト自体が暗礁に乗り上げてしまいます。

 

【第1段階】

2018年11月:脚本完成

2018年12月:広島方言への"翻訳"

2019年1月:キャラクターデザイン完成

 

【第2段階】

2019年9月:絵コンテ完成

 

【第3段階】

2020年6月:アニメーション作品完成

2020年9月:音楽録音

2020年10月:吹き替え

2020年12月:試写

 

 

かわぐちかいじさんからのメッセージ

 

僕は、広島の尾道で昭和23年生まれました。ですから原爆の体験はありません。子どもの頃に父や母などから原爆の話を聞いたことはなく、小学校に入ってから教えられました。

 

広島に関係する者として、きちんとリアルに描いて残しておくべきではないかと、この仕事を引き受けました。

 

 

原爆で亡くなられた方々、その後、後遺症で苦しめられた方々が沢山出て、今も苦しんでいる方がいます。世界ではじめて原爆の被害を受けた側として、絶対に止めなくてはない。人類の原爆・核兵器からの被爆被災を終わりにしなくてはいけないという決断をすることです。

 

『沈黙の艦隊』は、どうしたら核戦争を抑止できるかをテーマで描いた漫画です。あの頃は、まだ国連の指導力というものに幻想を持っていたので、各国の原子力潜水艦が、それぞれの国から独立して、国連の傘の下、国連の指揮で潜水艦艦隊が成立するか。毒を持って毒を制すという気持ちで描きました。核兵器が誕生した以上、それを無くそう廃棄しようとすることは理想ですが、大変むずかしいことです。

 

これまで紙にペンで漫画を描き、雑誌で発表してきましたが、アニメーションのキャラクター・デザインははじめてで、自分が描いたキャラクターが動き出すということは、今まで経験がないことです。正直なところワクワクしながら、半分ドキドキしながら期待しています。

 

 

 

プロジェクトメンバー紹介

 

■宇田川東樹(プロデューサー)

 

 

天国に逝ったアニメーション映画『風が吹くとき』のジミー・ムラカミ監督に捧げます。そして、世界が不安定な21世紀に“核兵器そして放射能汚染を地球上からなくさなければならない、そのためには今一度ヒロシマで起きたことを考え直して欲しい”との願いを込めて、世界中の子供たちなどすべての人々に向けて「核兵器のない世界、放射能汚染のない世界」を考えてもらえる映像作品を目指しています。

 

■中尾達史(プロモーション)

 

ジミーさんの奥様と

 

広島国際アニメーションフェスティバルで故ジミー・ムラカミ監督と知遇を得ましたが、彼の最後の作品として企画している長編アニメーションが、原爆や戦争の悲惨さを訴えかけるものになると聞き、ぜひ参加させてほしいと申し出ました。

 

私自身、両親とも被爆した被爆二世として、核兵器の恐ろしさ、戦争の悲惨さを、国内のみならず、海外にまで伝えることができるこの作品をぜひとも世に出したいと思います。単に戦争反対を声高に叫ぶのではなく、登場人物たちの心の機微を描き出す繊細な作品がゆえに、その対極となる戦争の理不尽さが浮き彫りになると思います。

 

志半ばでこの世を去った監督のご家族にも、2016年にお住まいのアイルランドまで出向いて、遺志を継ぎたい旨を申し上げて賛同を得ることができました。皆様のご協力を得ながら、形にしたいと熱望しています。

 

■伊藤正昭(映画プロデューサー)

 

 

ジミー・ムラカミ監督とは、「風が吹くとき」以来の交流で、ベルギーの著名な作家ガブリエリル・バンサンの「たまご」の企画を2人で進めたが、プロット・絵コンテ段階までで未完で終わってしまった。しかし、ジミーが最後に作りたかった「ヒロシマ」の企画を何としても協力し合って完成させたいと思う。今回で映画人生の最後の航海をめざしたい。

 

 

■宇田川榕一郎(プロモーター/会計担当)

 

 

1945年8月の広島と長崎への原爆投下からほぼ66年後の2011年3月福島第1原子力発電所事故は「トモダチ作戦」による米国原子力空母の乗組員・兵士達の被爆という複雑・微妙な問題を惹起している折柄、改めて原爆投下により米国人の捕虜にも犠牲者が出ていたことが、本作を通じて日本のみならず広く米国に於いても想起されることによって、延いては全世界で原子力問題(核兵器と原子力発電)を再考することに一石を投じる起点になることを希求するものです。


このプロジェクトを支援する
(※ログインが必要です)