プロジェクト概要

おかげさまで第一目標の200万円を達成することができました。

本当にありがとうございます。(2016年1月3日追記)

 

おかげさまでラプラック村の取材を続けることができるようになりました。ただ、200万円はラプラック村の取材費のみで、今後ポストプロダクション(編集)の費用がかかります。 実はラプラック村の代表組織ラプラック・ソサエティから、世界に向けた復興の記録映画を作ってくれないかという正式な嘆願がきました。村人全員の移住という難問を抱えるラプラックが、世界に広く支援を訴えたいとの意向です。

 

上映先は日本を始め、ニュージーランド、オーストラリア、フランス、マレーシア、そしてネパールのNGO団体がそれぞれの国に用意してくれることになっています。小規模な団体ながら、ラプラックにはさまざまな国から支援があり、上映先は今後も増えることになりそうです。世界に通じる映画づくりのためには、編集も個人ではなく、プロに依頼しなければなりません。

 

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ネパール地震で全壊した「世界一美しい村」ラプラック。

その復興を支援するため、映画制作で私たちにできることを応援したい。

 

皆様こんにちは。写真家の石川梵です。私はこれまでフリーランスの写真家として30年以上に渡り、世界各地で取材を重ね、世界の息を呑むような風景とともに、人間という生き物の素晴らしさを伝えてきました。

 

​​​(フラミンゴの湖/撮影:石川梵)


そんな私がネパールで被災した村との出会いをきっかけに、ドキュメンタリー映画制作を始めることにしました。まずはぜひ、予告編パート1を見てください。

 

 

 

私がネパール映画の制作を始めたきっかけ

 

 

ネパール地震の2日後に、かつて訪れた美しい国の惨状を知り、いてもたってもいられなくなった私は、報道のためネパールへ飛びました。そして日本人として初めて震源地を踏査。メディアで流れるのは、カトマンズとその周辺の情報ばかりで、最も被害が大きいであろう震源地周辺の情報が全くなかったからです。


土砂崩れで寸断された山道を二日歩き、たどり着いたのは、ヒマラヤの中腹にある標高3千メートル近いラプラック村でした。家屋がことごとく全壊し、村は壊滅していました。カトマンズ中心のメディアの報道からは見えてこない、信じられない光景でした。

 

 

その村である少年に出会いました。その少年の名はアシュバドル。輝く目をしたグルン族の少年です。

 

 

アシュバドルの妹は、地震でケガをして病院へ運ばれていました。家族も家を失い、ビニールシートを被って寝ていました。それでもへこたれず、明るく前向きなアシュバドルの姿に私は心を打たれました。

 

私は少年と約束をしました。私は決して村を見捨てない。村のことを日本に伝えて、みんなの力で村を再建しようと。

 

私が村を去るとき、村人が私にネパールの国花であるシャクナゲをプレゼントしてくれました。人々が手を合わせて祈るように私を見つめる姿に、村人の置かれている絶望的な状況と私に託す思いを感じました。

 

 

 

約束を守るため、村に米や食料を運ぶ、たったひとりの支援活動が始まりました。

 

そんな姿を見たFacebookの友人たちが、ひとり、ふたりと支援を申し出てくれはじめました。支援はやがて大きな輪となり、村に3トンの食料を運ぶことができました。

 

 

私が初めてラプラック村を訪れたときの出来事をまとめたスライドムービーもぜひご覧ください。

 

 

5月末に帰国後、写真家としてできるだけのことをしました。新聞、雑誌等にラプラックの惨状を取材したレポートを発表するとともに、東京、長野など、4か所で報告会を行い支援金を調達すると、6月初めに再度ネパールへ飛びました。
 

 

 

ラプラック村を支援する輪はさらに広がり、日本からもボランティアの有志が参加。カンドマカンド(ネパール語で肩を組んで)を結成。ソーラー発電機を送ったり、ラプラックの子どもたちにランドセルや筆記具などを配ったり、学校の再建を目指しました。

 

 

 

10月に再び訪れると、大きな問題がありました。村の地盤が地震で緩み、地滑りの恐れがあるために、3,500人もの村人が村を捨て、新しい土地に移り住まなければならなくなっていたのです。村人全員の移住には、大変な費用と労力、そして何年という年月がかかります。

 

 

月日の経過とともにネパール地震への関心が薄くなるなか、いかにして人々の関心を持続させ、日本だけではなく、世界へその窮状を訴えるか考えました。もはや新聞や雑誌などのメディアも、ネパールに興味を失っているように思えました。

 

私の行き着いた結論は、ドキュメンタリー映画制作でした。私の最も得意とする映像美を駆使し、カメラで村人ひとりひとりの心のひだまで写し出せば、遠く彼方の知らない人の不幸ではなく、愛すべき隣人のように、世界がラプラック村のことを思うのではないかと思ったのです。

 

特に私が取材しているアシュバドル、そしてその家族たちは、震災という不幸にもめげず、ヒマラヤの大自然の中で生き生きと暮らしていました。その姿は、単に震災ドキュメンタリーの枠を超えた、人間の生き方の根本に迫る、壮大な人間と自然の叙事詩となる物語だと確信しました。この作品は日本だけならず、世界の人々の心を打つに違いないと。

 

(アシュバドルとお父さんのボラムサキャ)

 

実はこれまで3回、延べ3か月に渡る取材と支援をすべて自費で進めてきました。私はラプラック村のために、すべてを投げ打つ覚悟はできています。しかし資金はすでに底を尽き、さらなる取材を重ね、映画を完成させるためには資金協力を仰ぐ以外に方法がありませんでした。そのため、みなさんにクラウドファンディングをお願いすることを決心しました。


私がラプラック村の映画を作っていることを知ると、オーストラリア、ニュージーランド、マレーシア、そしてネパールから上映のオファーがありました。日本でもすでに4か所の上映が決まっています。


私が初めてラプラック村を訪れたときには、復興など夢のまた夢のように思えたものです。しかし今、奇跡が起ころうとしています。

 

(初めてのラプラック訪問の帰り道、不安げに私を見送っていたアシュバドル)

 

あの約束を最後までやり遂げるため。皆様の支援を、いや、参加をお待ちしています。ぜひ、いっしょにやりましょう!奇跡を起こしましょう。

 

映画を通じて世界に訴え、かつて「世界一美しい」といわれた「天空の村ラプラック」の人々がまた、笑顔で一緒に暮らすことができるようになるのが、このプロジェクトの最終目標です。

 

ここまでお読みいただきありがとうございました。最後に映画の予告編をご覧ください。

 


◆◇◆◇◆◇リターンについて◆◇◆◇◆◇

 

◼︎サンキューメール
◼︎現地情報を記載したメールマガジン
◼︎映画上映会のペア招待状
◼︎ポストカード2枚
◼︎スペシャルサイトにお名前記載(希望者のみ)
◼︎石川梵撮影ラプラック村のフォトブック(サイン入り)

◼︎映画のエンドロールにスペシャルサンクスとしてお名前掲載(希望者のみ)

◼︎共同プロデューサーとして、エンドロールにお名前掲載(希望者のみ、法人でも可)

◼︎完成DVDを進呈

◼︎国際版にもお名前を記載(英語・仏語・ネパール語版にも同様に記載させていただきます)

◼︎国内での完成試写会とアフターパーティーにご招待

◼︎映画の最後に、現地の人々とともに購入者の方へのスペシャルサンキューメッセージを入れた、特別DVDをお届け

◼︎石川梵がネパールラプラック村ツアーをアテンドいたします(旅行費用は個人負担となります)あるいは、日本でペアご招待の上、独占上映、石川が同伴して映画の解説をします。


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