応援有難う御座いました!

この60日間続けさせていただいた「粉末機購入プロジェクト」も本日土曜Bが最終日です(後24時間以上は残っています!)

 

自分も他のプロジェクトを見ながら、応援したり、勉強してきました。日本でも様々なソーシャル・ビジネスが生まれてきているみたいですね。

 

例えば貧困から抜け出すっているビジネスモデル。ここにソーシャルの軸を立てているベンチャービジネスも多いですよね。

 

思い返せば、日本も戦後は本当に貧困だったと聞いています。

 

それではどのように立ち直ったのか?その時代に「ソーシャルビジネス」があったのか?

 

ここで考えたいのは、ソーシャルビジネスがあったから貧困から抜け出せたのではなく、そこの現場の人たちが頑張ったから復活してきたのではないか?

 

そのような意味では、ソーシャル・ビジネスの目的って、その現場の人達の姿勢をそこに持っていく事だと思うんですよね。

 

現在も様々な復興活動とソーシャルビジネスが1つとなって頑張っています。この流れは良いものだと思っています。

ここで深く掘り下げてみたいのは、そこの現地にいる「当事者がどうであるか」という事。つまり、プロジェクトないし、ソーシャルビジネスの対象となっている人達がどうなったのか。

 

その意味でも、自分は今行なっている(行おうとしている?)「モリンガ・ライフ・プロジェクト」に非常に価値を感じています。

それは、別に自分が凄いという訳では全くなく、その対象となっている現場が「自分達で価値を産みだし、その代価として報酬をもらっている」というところに辿り着いているところを意気に感じています。

 

さらに、「その報酬をより高い価値を生み出せるように投資をした事」にさらなる価値と未来性を感じています。

 

違う見方をすると、自分達で価値を生み出さないと、何も動かないし状況も変わらない。

 

 

具体的には、子供は着るものがない、女性は働き口がない、食べるものが
限られ栄養失調になっていく・・という状況から抜けれないわけです。

 

 

そこから抜け出す為にリーダーが立ち上がり、NYにいた自分に連絡が入り、そして、「現場で責任を果たしたら一緒に仕事をする」という約束を見事果たし、そのレポートを纏め、収入を投資して新たなる価値を生み出している。

 

すなわち、完全に受け身ではなく、攻めてるんですね。その結果国連にも認められるプロジェクトにもなったわけです。

 

 

この姿勢が生まれているか、生まれていないかがソーシャルビジネスとしての規範軸じゃないかと思っています。

 

 

持続的に続くかどうかの分かれ目ではないかと。

 

 

多分日本も戦後から抜け出せたのも、現場にいる人達がこの「姿勢」を常に持っていたからだと思いますね。

 

 

とりあえず、

 

 

「自分達で価値を産みだし、その代価として報酬をもらっている」

 

 

を成し遂げた Shape Lives Foundation とガーナのモリンガコミュニティに拍手を送ってあげて下さい!

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