世界で一冊の手描き絵本『まる』を、沢山の人に読んでもらいたい

2017年２月、千葉大病院を退院。

千葉リハビリテーションセンター（以下、千葉リハ）には介護タクシーのストレッチャーに乗せられ移動しました。着いてすぐに医師から説明がありました。突きつけられる現実に耐えられず、途中退出しました。

千葉大病院ではベッド上でおかゆを食べていた私が、いきなり車椅子に乗って食堂で食べることになりました。座っているのも辛い中、普通に炊いたご飯を食べさせてもらいました。
このとき何もかも千葉大病院と違っていると感じました。

千葉リハのリハビリはハードでした。でも、私はやってもやってもやり足りない気持ちでした。もっと動くはずだ、もっともっとと、痛くても辛くてもリハビリに励みました。

気がつくと外は春になっていました。桜が咲いて萌黄色の若葉が芽吹き、私は「あー、この景色を描きたい」と心の底から思いました。
リハビリを重ねても、自分でご飯を食べることもひとりで立つこともできない私。うんこ、おしっこも（ベッドの上で）人の手を借りなければなりません。人間をやめたといってもいい今の自分。
そうだ、絵だったら描けるかもしれない……。自分を取り戻すためなら、なんでもやってみるつもりで、３点カフ〔注１〕を手に携え筆をとりました。見計ったように、ペンと紙を持って絵描きの友人がやってきてくれました。それにも背中を押されました。またその頃は、食事の練習をし始めていたときで、スプーンを筆に持ち替えたらできるのではないかと思ったのです。

やってみたら、ゆらぐ。イラッとするけれど、描き終えてみると意外な感じになって、悪くないなと思えました。自分で描きながら自分の絵ではない感じがいい。
その線は、他人にはミミズがはったようなものにしか見えなかったかもしれません。でも、確かに私の気持ちを乗せて筆が動いた瞬間でした。

リハビリの合間に絵を描くようになりました。するとお見舞い客が、いろんなものを持ってきてくれました。いがぐりや柿、あけびもありました。病棟の窓から見える千葉外房有料道路の景色も描きました。そこは私も何度もロードバイクのトレーニングで走ったコースです。

いつも日曜にその病院の前の道を疾走するバイク集団がいました。私が自転車を購入した店のサークルの人たちでした。私が千葉リハに入院しているのを知った彼らは通りすがら手を振ってくれました。その姿にずいぶん励まされました。ありがとう。

ひとつの希望の光を手にした私は、少しずつですが現実と向き合えるようになりました。自転車にはもう乗れないことも、おしっこ（尿排出）を膀胱瘻（ろう）〔注２〕にすることも少しずつ受け入れていきました。
膀胱瘻の手術をするには大きな覚悟が必要でした。トイレで普通におしっこをすることをやめることだから。決めたのは、膀胱瘻にすれば外出先などでトイレの心配がなくアクティブに動けると言われたからです。また、よくなったら穴を塞ぐこともできると聞いたということもあります。いつかお腹の穴を塞いで、トイレで普通におしっこをしたいと思いました。

８月手術当日。ストレッチャーの上で、「なぜ私はこんな大きな怪我をしなければいけなかったのだろう」と、それまでに何度も何度も考えた疑問を天に向かって投げかけました。

千葉リハの主治医は、そろそろ退院させることを考えていました。ところが、私はまだひとりで起き上がることも車椅子に乗り移ることもできません。このままでは寝たきりになる。家族が待つ家へ帰りたいという気持ちより、動けないことへの恐怖が勝りました。

その頃、若い子が所沢にある国立障害者リハビリテーションセンター（以下、国リハ）でリハビリを続ける話を偶然耳にします。まだリハビリを続けられるところがある。何としても行きたいと私は思いました。
主治医や理学療法士（PT）、作業療法士（OT）らは反対しました。ひとり車椅子訓練のRS（リハビリスポーツ）のMさんだけは賛成してくれました。
当時、国リハを希望して合格するのは、リハビリの目的が具体的にある若者が中心の狭き門でした。熟年のおばさんが行くところではなかったのです。そんなことを何も知らない私は、絶対に行くと決めていました。幸い家族も賛成してくれました。

そこでRSの時間に車椅子を漕ぎながら、どうしたら主治医やPT、OTたちを納得させられるかMさんに相談に乗ってもらいました。まず言われたのは、歩くようになりたいとか夢みたいなことを目標にしてはだめ、ということです。その頃は歩けるようになるとまだ思っていましたが、それはひとまず胸にしまうことにしました。では、「このまま寝たきりにならないために、自分でできることをなるべく増やしたい」という目標ではどうか。何度も医療スタッフと話し合った結果、推薦してもらえることになりました。面接は所沢まで行かずに電話のみの審査となり、合格しました。

国リハへの準備は急ピッチで行われました。歯磨きの練習、車椅子を漕ぐ練習、トイレでうんこをする練習、まだまだたくさんやれそうなことはありました。
2017年10月、バタバタと所沢の国リハへ転所しました。

注１　指がまがらない、ものが掴めない・握れない人の動作を補助する自助具。スプーンやペンを持つときの腕・手首の動きを、腕、手首、手の平の３箇所をベルトで固定することでできるようにする。手の平側にあるキャッチャーには、スプーンの柄やペンをはさむ。
注２　下腹部から膀胱に穴を開けてカテーテル（管）を入れ、尿を出す方法。尿はいったん袋に蓄め捨てられる。