プロジェクト概要

 

もう2度と上げることのない尺玉花火で隆盛だった須佐を!

 

はじめまして、山口県萩市の須佐観光協会理事の福島淳也と申します。昨年7月28日、当地はゲリラ集中豪雨という記録的な甚大災害にあいました。人口2300人程度の地、被災を機に事業所の閉鎖、農業・漁業への打撃など、地域の経済は更に疲弊してしまいました。災害のあった日7月28日は、奇しくも須佐最大の祭り「弁天祭の須佐湾花火大会」が每年行われる予定の日でした。山々に囲まれた須佐湾内の至近距離で打ち上げられる花火の爆音は誰もが度肝を抜かれ、その凄さに感動するほどで、近隣の他市からも多くの人が押し寄せる人気の祭りでした。

 

昔から受け継がれてきた「弁天祭と須佐湾花火大会」を盛大にし、復興の糧にするために是非、ご支援のほど宜しくお願い致します。

 

保安距離ぎりぎりの近さで見れる須佐最大の祭り「須佐湾花火大会」

 

 

「こんなもんじゃあない!」伝統の須佐湾花火大会

 

須佐湾花火大会は、経費の75%が地域住民のみなさんや須佐地域内外の企業・業者、団体、また東京須佐会など須佐出身の皆様など、多くのみなさんの寄付によるものであり、各方面の皆様の物心両面にわたるご支援、ご協力により、地域の一大祭りとして先人から今日まで受け継がれてきたところです。そんな私達にとって大切な祭りですが、町の経済とともに年々規模が縮小されてきていました。

 

須佐の花火の凄さを物語っていた尺玉花火は、海の上で打ち上げるための台船を用意するために、多額の費用がかかるため、近年はなくなっており、昔を知る住民にとっては、「須佐の花火はこんなもんじゃあない!」という思いは強くありました。

 

そんな状況に、被災は更に追い打ちを掛け、町の経済を疲弊させてしまったのです。災害復興元年を機に、この、昔から受け継がれてきた「弁天祭と須佐湾花火大会」を盛大にし、年配の方には隆盛な時代の気持ちを思い出して頂き、若者や子供達には、こんなに須佐は凄い!という記憶を持ってこれからの復興の時代の糧にと願い、須佐観光協会としてその追加予算を募りたいと思います。

 

花火会場です!多くの人に来場していただいております!
 

 

花火大会当日、「経験したことないような大雨」

 

2013年7月28日、例年通り開催予定だった平穏な花火大会の日の朝、1時間の降水量が、須佐で138・5ミリと観測史上最大の雨量、そして午前9時20分からの3時間に7月の月降水量の平均値(281.6ミリ)を上回る301.5ミリを観測する記録的な豪雨に見まわれ、気象庁からは、「これまでに経験したことのないような大雨」と発表されました。

 

2013年7月28日の冠水した須佐中津交差点

災害直後の冠水した須佐中津交差点、病院や商店が軒を連ねていました。

 

あっという間の僅かな時間に、河川は氾濫・決壊し、道路は冠水、陥没、斜面は崩れ、地域は孤立状態。土砂や濁流は、家屋や公共施設・学校・保育園・事業所・病院まで浸水し、車や家財、人まで流し、死者・行方不明者まで出てしまいました。私個人も実家が被災しました。同じ会社の従業員宅も全員被災し、家屋が全壊した者、お身内が亡くなられた者もいます。災害後の様子を私自身ブログで発信しながら、なんとか、この状況を外部の方に伝えようと努めていました。

 

※私の被災直後の復旧に関する情報発信http://goo.gl/j033YS

 

濁流に飲み込まれる災害時須佐中津地区の様子

濁流に飲み込まれる災害時須佐中津地区の様子

災害後の須佐川流域。護岸決壊。

災害後の須佐川流域。護岸決壊によって多くの家屋が全半壊となりました。

 

 

全国のボランティアの方々に支えられ

 

上水道が止まり、汚れを落とすことも飲料水もままならない状況の中、家財を失って呆然と立ち尽くす被災住民の前に現れたのは、全国から集まってきたボランティアの方々でした。被災地を救うために、自らの寝食・交通費を掛けて、無償で、集まってくれたボランティアの方々。被災住民がどれほど助かり、喜んで、感謝したことか、計り知れません。

時間はかかりましたが、家屋の清掃、修繕も終え、仮設住宅もでき、現在、ようやく生活が落ち着いたところです。国の甚大災害の指定を受け、復興計画が立ち、本年、復興が本格的に始まろうとしています。

 

全国から集った災害ボランティアの皆さん

全国から集った災害ボランティアの皆さん

 

 

しかし、更に疲弊する地域経済、そして祭りの財政難と人材不足

 

復興計画は、道路や橋、法面、河川流域の護岸工事といったものはできますが、人の気持ちを修復することはできません。災害後、須佐地域から離れてしまった住民もいます。家を失ったまま、仮設住宅で今後に不安を抱える人もいます。お店・事業所は10軒も廃業されました。農地は今後復興の手も伸びてきますが、須佐湾内海底に堆積した土砂のために、海藻・魚介類が全滅の危機に瀕している漁師などは、先行きの見えない状況に諦めがたい苦痛を今も抱えています。

 

地域の祭は、地域の今を表します。地域が過疎高齢化し、経済も疲弊する中、ささやかな住民からの寄付、事業者からの寄付、行政からの補助金、須佐出身者からの寄付の範囲でまかなってきた花火大会も、今後、昔のような盛大で景気のいい規模の祭りを行うことは、二度とないでしょう。災害は、そんな状況を更に深刻にしてしまいました。

 

全国から集った災害ボランティアの皆さん

全国から集った災害ボランティアの皆さん

 

 

全ての住民に勇気と自信を!

 

須佐の花火は、須佐人の自慢です。どんな都会の花火大会にだって引けは取らないという思いは、私だけでなく、須佐で育った、須佐出身者であれば、誰もが思うことです。山に囲まれた小さな入江で、すぐ目の前で打ち上げられる花火の爆音・振動は、小さかった自分の幼心にも隆盛だった「須佐の勢い・勇壮さ」を肌で感じるほど凄まじく、吹き飛ばされそうなパワーを秘めていました。

 

復興の始まる本年、災害のあった花火大会の日に、このまま例年よりも脆弱な規模・内容で祭りを行えば、住民も「仕方がない・・」「もう、終わりか・・」と寂しがるでしょう。いや、今後を象徴するような機運に支配されてしまいます。これでは、災害にしてやられた思いです。

 

 

「須佐の花火はやっぱりすげえな!」

「やればできる!」「復興するぞ!」という想いを共有したい

 

須佐一番の祭り、須佐の自慢の花火、尺玉が鳴り響き、家々の窓ガラスが割れそうな迫力の大爆音、昔、隆盛だった頃の花火大会の勢いを、このクラウドファンディングで資金を得て、あえて、この災害復興元年の被災同日に再現することで、

 

「須佐の花火はやっぱりすげえな!」

「これが、昔の須佐の花火だ!」

「須佐ってこんなに凄いんだ!」

「やればできる!」「復興するぞ!」

 

理屈ではない感動、ノスタルジックで活力の湧いてくる思い出、その場にいる全員がその圧倒的な勢いを共有する。そんな思い・きっかけを、年配の方から若者、そして、子供達までが心の糧となるような日にできると考えています。

 

この子達に、本当の須佐の花火の凄さを見せてやりたい!

そう思う須佐人はたくさんいます。

 

 

本来の弁天祭の再興を!継続した取り組みへ!

 

クラウドファンディングで資金を頂き、花火大会をたった1回、盛大にすることで、次回以降、花火大会や弁天祭が何もしなくても盛大に続くわけではありません。私が観光協会に関わるようになり、理事となって、様々なことを通して、観光振興を図ってきましたが、ただ、人を集めるだけの事業をいくら続けても、何も残らないと感じていました。住民の活力となり、誇りとなり、笑顔となる、須佐のそこにあるものを再発見し、みんなが育ててゆける宝を、磨いてゆきたい!そんな宝、文化の一つが、この弁天祭です。

 

そもそも須佐の花火大会とは、漁師の祭りの、弁天様の海上渡御の神事を盛り上げようと企画されたもので、本来は、7月27日・28日の2日間に渡る弁天神事がメイン行事です。

※弁天神事について→http://kanko.susa.in/modules/pico/content0027.html

 

弁天祭の海上渡御の神事

弁天祭の海上渡御の神事。

数百年の歴史を持つ夏の夜の優雅な絵巻物のような神事

漁師による伝統の神事海上渡御

漁師による伝統の神事「弁天様の海上渡御」

 

 

弁天祭り、本年より再開!

 

しかし、神事は海上で行われるため一般の人にはわかりづらく、時代とともに、花火がメインに取って代わり、28日以外の催し事は、ほぼ、なくなっていました。催し事だけではなく、神事自体も、漁師の担い手不足、楽譜のない口伝による船歌の継承や排他的な風習、全く記録を取らない習慣のために継承が危ぶまれています。

 

こういった、本来の弁天祭りの再興を期した取り組みを、私自身、数年前より行ってきて、漁師の皆さんが守ってきた文化・信仰をなんとか継承し、実は、この神事は、須佐の古代からの由緒を紡ぐ生きた証だということを、地元の住民に伝えようと、災害のあった昨年より、形に表す計画でしたが、1年を経て、本年より再開します。


弁天祭ドキュメント動画

 

まずは、本年7月27日(弁天祭1日目)に、前夜祭を復活したいと考えています。漁師からも、昔は賑やかだった27日の再興は期待されているところです。昔、隣接する島根県益田市からきた殿様が、神山(現:高山)にあった弁天様を須佐湾の弁天島に移設し、朽ちかけていた信仰を救い、祀ったことから海上渡御の神事が始まったという故事にちなんで、この前夜祭は、益田市の有志が多く協力してくれます。須佐だけではどうしようもないこの状況を、今又、益田からやってきた若者が、益田市の有志の協力のもとに弁天祭を盛り上げます。

 

管弦船の帰港と花火を待つ港

大かがり火をたき、管弦船の帰港と花火を待つ須佐港のギャラリー

 

 

益田市からは、每年、多くの方が須佐の花火大会を楽しみに来られます。地域内の寄付頼みでやってきた祭りの運営、疲弊した須佐経済だけでは克服できない状況を、こういった小さな芽から広げてゆくことで、継続した取り組みにしてゆきたいと思っています。そのきっかけとなる年になるよう、本年の弁天祭・須佐湾花火大会を盛大にとり行いたいと思っています。宜しくお願い致します。

 

須佐観光協会ホームページ http://kanko.susa.in/

須佐の災害復興状況レポート/「萩ウォーカー管理人ブログ」 http://susa.in/blog/

 

 

<募集金額の予算の内訳について>

・花火予算

 花火尺玉(10万円)× 10発 
 打ち上げ用台船賃貸料 50万円(~100万円)

 台船人件費 3万

 保安距離ライン警備費 4万
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 小計     157万円

 

・引換券・商品代及び郵送料 50万円

・その他(READYFOR手数料) 43万円

 

 

引換券について

 

・【支援くださった全員!】JAM Project 全員

(影山ヒロノブ、遠藤正明、きただにひろし、奥井雅美、福山芳樹)のサイン色紙

 

サンキューレター

記念DVD

弁天祭・花火大会記念DVD

本年弁天祭・花火大会を記録した記念DVDをお送りします。

(もう2度とない尺玉を上げる最後の花火大会の模様を収録します。)

 

・須佐観光協会ホームページ特設ページへ、協賛のお名前を掲示いたします。

須佐観光協会ホームページ

 

・須佐の名物「須佐男命いか」で漁師が船上で作った「皮付きケンサキイカ 夜明け干し」をお送りいたします。

須佐の最高級一夜干し「剣先いか夜明け干し」

須佐の最高級一夜干し「剣先いか夜明け干し

 

須佐特産品(須佐観光協会セレクト)

須佐観光協会から、須佐の特産品をセレクトし、お送りいたします。

 

・須佐の活イカ屋「口福の馳走屋 梅乃葉」にて、活イカ料理無料食事券【無期限】ペア(2人分)


大きな地図で見る

 

・2014年花火大会鑑賞優待券(ペア)

超混雑の予想される本年の花火大会当日、花火大会会場正面の漁協施設2階にて、鑑賞スペースを用意。ゆったりと、記念花火を楽しめます。

ゆったりと観覧できるスペースをご用意しております。


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