今回の事業を始める前、前回のクラウドファンディング事業にて、予めクハ489-501に戻すことが出来るよう、準備も行っていました。 というのも、前回プロジェクトは「前面補修」としっかり明記していまして、補修の過程で「クハ481初期型」を期限付きで復活させることを進言された方がいらっしゃったのが、そもそもの回り道でした。

 

どの道、クハ489-501の保存は10年単位のもので、常にメンテナンスは不可欠なわけですから、徐々に出来る事をしたいという好奇心も、保存活動のバイタリティになるわけです。

 

この写真は1999年だったと思います。 いきなりしらさぎの見慣れない姿が走って行ったので、後日東金沢駅までわざわざ臨時しらさぎの回送を撮りに行ったのでした。

多分踏切事故だったのでしょう。 連結器カバーは無くなり、運転席側タイフォンがありません。 こんな姿でも運転出来るのが国鉄型の強みとはいえ、今後ちゃんと復元されるか心配でした。

 

それから程なくした姿です。 ちゃんと元通りになったのは良かったのですが、連結器カバーが作り直され、タイフォンカバーはちょっと斜めになってしまいました。 この車両こそ、現在京都鉄道博物館で展示されているクハ489-1です。 今でもこの時の修理内容そのままになっています。

 

タイフォンがスカート部分にあると、こうした踏切事故があった場合に形状が変わってくることがあります。 というより、殆どのボンネット先頭車がそんな傾向で、クハ489-501もご他聞に漏れなくなっていました。

新製当時の姿に復元するのは、余程こだわりが必要だということです。

 

こちらの写真が、クハ489-501です。 右側と左側で、スカートの鉄板の曲線が左右対照ではない事が分かると思います。

現役時代の写真を調査したところ、昭和48年から49年にかけての冬に、踏切事故をした形跡がありました。 その際、右側=運転席側に大きな歪みが生じまま、鈑金し直したようです。

タイフォンカバーの位置も少しずれています。 この状態で廃車になる平成24年まで、40年間を維持したことになります。 むしろこれがクハ489-501の姿そのものだったとも言えます。

 

ですが改造とは全く異なり、不慮の事故で変形した状態は、本来車両を保存するプロセスにおいては考慮しておかなければなりません。

現役時代とは異なる面において、事故復旧時を維持し続けるのは不謹慎の極みで、出来れば国鉄やJRの時代に既に元に戻さねばならなかったのに、それを怠った証拠だからです。

 

このお話は次に続きます。

プロジェクト達成に向けて、どうぞご協力をお願い申し上げます。

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