最初に星野村にベチバー植栽を考え、植える手はずを整え実際に実験として越冬させたのは弟と昔から世話になっている親戚の高木農園のご夫婦と息子の澄ちゃん。そしてそこに集う星野村の仲間達だった。リトリート蒸留会もそうやって成り立っている。

 

それが無ければ私が幾ら稀有なタイミングで人と会えたり、いくら努力して情報収集してもこんな風に継続してお伝えし続けることは不可能だった。

 

見事に越冬し、誇らしいほどの星野村の土と水の力を秘めた薫りの国産ベチバーは皆の知恵と努力の賜物。それがこれからの猛暑や精神的なダメージを抱えたものからの解放に役に立つ。感情のネガティブを整え、元在る気に「元気」に戻すお手伝いを出来るまでになってきた。

 

今起きている事から逃げずに向き合い、真眼でモノを捉える為に

「等身大の自分自身を自身が認める」グラウディングのお手伝い。

それはなかなか自分に素直に生きられない人間のしがらみからの解放へ繋がる。

これまでの歴史でも精油としてもベチバーは縁の下の力持ち、調和して雑味をとって良い香りをなるべく長く保つ、熟成させる働き。

 

澄ちゃんは、1年10ヶ月もの歳月をかけ抜くだけでも大変な作業を一人で黙々と続け丁寧に土を取り、香り高いベチバーに仕上げる。

 

弟は、徐々に星野村だけではなく心あるベチバーを育てる農家さんとの繋がりに従事したいと考えが深まっていた。その頃、私が阿蘇で知り合った阿蘇薬草園の井澤敏先生に自然農法とは何ぞや、とお話しを何度も聞く機会を得た。

 

星野村の川沿いのベチバーは九州大学との共同研究での分析もさることながら、自然を知る方、戦前からの蒸留所、(仏)30年以上の蒸留のプロ、へのご指示を受けて、5年間歳を重ねてきた。

 

井澤先生は、ご自身の身の上に起きたことから、幼少期より薬草で整え、死に目にあうような病気の淵から独学で学び、実践して培った薬草の知識は今や熊本の自治体の保険料の削減に効果を発揮して貢献されたり、統合医療の方面の講演で招かれたりされていた方。その後、あの熊本の震災の被害が最も大きい地区にあった「阿蘇ハーブファクトリー」は撤退を余儀なくされ、現在熊本の一宮神社の参道へ店舗を移し、その苦難を受け入れ、これまで以上に奥様と薬草と阿蘇の自然の素晴らしさを伝え拡め続けられている。

 

同じころに同じ南阿蘇でバイオダイナミック農法の栽培を30年前からされている「ぽっこあっば」のドニーさんとよしこさんに紹介してもらって弟と訪れ、お話ししてる内に食事をご馳走になり、そのままベチバーを実験的に栽培してみようという事になった。

 

それは、バッチフラワーの愛知県に在住の師匠のおススメで「マリアトゥーンの天体エネルギー栽培法」というバイオダイナミック農法の本を借りたことがあり、その中にあった農法に興味を持っていた。

 

グリーンフラスコの林先生の「僕がなぜハーブ屋になったか」というトトラボ主催のお話し会に行ったときにオーガニック専門の喜多さんとお会いしたのが始まりだった。

バイオダイナミック協会の理事の喜多さんはこっぽあばさんと私達姉弟にご紹介下さった。

 

レ・ユニオンでパーマカルチャーをしているフランソワさんは「福岡正信さんのわら一本の革命はバイブルだ」と言われていたが、それに通じる井澤さんに自然農法を教示。それは国産ベチバー星野村産となる。

 

日本にバイオダイナミック農法を伝え、日本全国から南阿蘇を捜しだし30年土を作ってこられたドニーさんとよしこさんと二宮さんは快く国産ベチバー育成をする弟家族にその土地を提供しご教授戴き、見守って下さる。それが国産ベチバー南阿蘇産である。

 

2つの農法はこれからの未来への懸け橋と感じている。

どちらも植物の力を引き出す農法、それは相乗効果を生み出す。

日本だけでなく、世界へ通じるもの。

 

どちらも日本を代表される方々について植栽出来たのは繋げて下さった方のお陰としか言いようがない・・・つづく

 

               
5年前に最初に植えられたベチバー 
南阿蘇のベチバー収穫の様子

 

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