現代にも色濃く残るもの・・・

こんにちは、シャンティ国際ボランティア会の竹内です。

今日はネパールの歴史についてお伝えしたいと思います。

 

ネパールにあるルンビ二がお釈迦様が生まれた場所ということはご存知でしたか?ルンビ二のマヤ・デヴィ寺院というところでお釈迦様生誕の遺跡を見ることができます。

個人的には、ルンビニのバイラワ空港から少し離れた場所にあるティウラコットという遺跡がおすすめです。ここは釈迦が29歳で出家するまでに過ごしていたカピラバストゥ城の跡地だと考えられています。

 

この頃はまだ仏教が盛んでしたが、紀元200年頃になると、仏教は徐々に衰退し、ヒンドゥー教が盛んになり、ネパールで根付いていきます。

 

 

中世、マッラ王朝の重要な点は、14世紀にジャヤスティチ・マッラ王が現代まで色濃く残る「カースト制」をネパールに導入したことです。当時のネパール(カトマンズ盆地)は様々な部族・宗教グループが入交り、非常に不安定だったといわれており、社会秩序の構築を図ったのです。

 

その後、後継ぎ問題があり王国は3人の息子たちにより分裂します。これが現在のカトマンズ、バクタプール、パタンという、カトマンズ盆地を作っている行政区のもとになります。この頃に世界遺産に登録されていた、美しい彫刻をもつ寺院や王宮が多く作られました。

それらは、今回の地震で大きな被害を受けました。

 

その後18世紀に再度ネパールは統一されます。

ゴルカ王は19世紀にインドにいたイギリス軍に戦いを挑みました。1814年から2年間戦い、1816年に講和条約を結ぶと、現在の国境ができました。