予兆なく命を奪う腹部大動脈瘤。臨床研究から治療法への光を見出したい

皆さんこんにちは、樺です。いつも応援してくださり、誠に有難う御座います。今、F-HAAAT試験に関するプロトコル論文（試験の詳細な方法や問題点等を論文にしたもの）を書いており、最初の重要な試験手順として世に出せるよう頑張っております。

ところで、皆さんは腹部大動脈瘤と喫煙（たばこ）の関係をご存じでしょうか。

よく喫煙は、「肺癌とか心臓病とか、たばこが関係しているっていうデータはないんでしょう。体に悪いって言う割に国も規制しないじゃないですか。」と言われることがあります。そんなことあるのかなと思い、研修医のころに改めて調べてみましたが、ちょっとググるだけでゴロゴロ根拠が出てくるので、本当か嘘かをしっかり見極められる情報の取捨選択能力は予後を左右しうるな、と思ったことがありました。「うそはうそであると見抜ける人でないと難しい」と昔偉い人も言っていましたね。

では、タバコと腹部大動脈瘤はどうでしょうか？

喫煙者であることは相対リスク4.87で腹部大動脈瘤の危険因子と言われています。

相対リスクというのは、「ある原因（今回は喫煙）によって疾患になるリスクが何倍高まるか」を表す指標です。例えばある集団の中で、タバコを吸っていない人達が3%の確率でAAA患者さんになってしまうとすると、タバコを吸うことでその集団から14.61%の確率でAAA患者さんが出てくるということになります。恐ろしい差です。

また、喫煙をしているとAAAが大きくなるスピードが関連しており、約2倍速く悪化すると言われていますし、更にAAA患者さんで喫煙をすると破裂する確率がオッズ比2.02で上昇します（オッズ比を詳しく説明するのは本筋から外れますので、ここでは”数字が大きいほどその確率の起こりやすさを表す”と思って下さい。単純に2倍破裂しやすいという意味ではないのが難しいところ）。

これだけでもシンプルにタバコの影響の強さがわかっていただけると思います。が、腹部大動脈瘤には心臓疾患が合併しやすいことも分かっています（特に虚血性心疾患：狭心症や心筋梗塞など、心臓を栄養する冠動脈という血管が細くなり、十分な血液が供給されないことによる疾患）。タバコは心血管疾患のリスクも上げてしまいますので、AAAにも心血管疾患にもどちらにも悪影響を及ぼしてしまい、結果的に様々なトラブルを招きやすい状態になると言えます。

それだけではありません。喫煙者は周術期（手術の前後）の合併症が多いと言われており、特に人工呼吸器を使った全身麻酔の手術の場合にはそれにより肺炎を起こしたり、人工呼吸器に依存してしまって離脱が遅れる等が報告されています。

F-HAAAT試験に参加する方には、トリカプリンの正確な安全性や効果を見るために、禁煙をお願いしております。喫煙自体の危険性が高いため、この臨床試験中に喫煙が影響して起こる良くないことが生じた場合（例えばAAA破裂や脳梗塞など）、「トリカプリンを飲んだから起きたのではないか」とどうしても疑いの目を向けられてしまいます。我々は科学的根拠を持って、何が原因となって何が生じたのかを考えますが、それでも今回の「安全性をメインに調べる」臨床試験において、安全性に懸念が出るようなことは起こしてはならないと考えています。これは、ここまで地道に基礎研究を続けてこられた先生方の努力が報われず、また患者さんの希望の芽を摘むことになってしまいます。

ですので、臨床試験に参加される患者さんは僕が責任をもって厳密に選ばなくてはなりませんし、試験中に良くない事が起きないようにフォローアップしなくてはいけません。経験上、腹部大動脈瘤が出来ていて、こんなにリスクがある、だからあなたの体のために禁煙して欲しいと伝えてもほとんどの方が禁煙できません。アイコスならいいでしょうという方もたくさんいました。ちなみにタールではなくニコチンがAAAに悪影響を及ぼし得ることも研究されています。また、今まで何度も「AAAを治療するための治療法は1つも判明していない」とお伝えしてきましたが、これは実は正確ではありません。

唯一ガイドラインでも明記された治療法、それは禁煙すること。

禁煙が出来ずにF-HAAAT試験を断念された方にも、「トリカプリンは有望だけど、まだ効くかどうかわからないし、安全性もこれから証明していくものです。けど、禁煙は絶対に安全だし、AAAの治療に効果があることがわかっています。効果があるかわからないものより、効果があるとわかっているものをまずしっかりやりましょう。」とご説明しています。それでも辞められないのが喫煙の恐ろしいところかなと、最近よく思います。喫煙者の方、気を悪くされたら申し訳ありません。でも事実はしっかりお伝えした上で患者さん本人にご自身の生き方を決めてもらわなければフェアではないと思っています。

ではまた次回。