【本日23時まで!】「今、希望を紡ぐこと」SSJ代表 山田一竹

 

皆様、Stand with Syria Japanの山田一竹です。
1ヶ月にわたり挑戦してきた、クラウド・ファンディングもついに、本日最終日となりました。23時にご支援の募集は終了となります。
皆様の温かいご支援のおかげで、第一目標、ネクスト・ゴールを達成することができました。感謝の言葉もみつかりません。皆さまの温かいお気持ちと共に無事ゴールでき、そして、ここから一緒にイベントをスタートできることに感動しています。本当にありがとうございました。

クラウドファンディングで集まったご支援金のすべては、引き続き企画・運営費用に補填させていただきます。企画の変更等でさらに追加された費用にも使わせていただきたく思います。
そして、多く集まった場合には、事後報告を含め、本企画終了後のSSJの活動費用に責任を持って充てさせていただきます。

エイハムさんを、最善の状態で迎え、このイベントを成功させるため、引き続きよろしくお願い申し上げます。

©Aeham Ahmad / Stand with Syria Japan
エイハムさんとヤルムークの子どもたち。
 

 

どうか、最後の最後までご支援のほど、よろしくお願い申し上げます!

 

ここからは、最終日ということもあり、僕が少しだけ想いを綴りたいと思います。
​以下、事実を伝えるため、ショッキングな写真が含まれていますので、ご了承ください。

 

ーーー今、希望を紡ぐことーーー

4年前、シリア危機に関する活動を始めた。

「どうしてシリアの活動をするんですか?」と良く質問される。

今日も上手い返しを見つけられないまま、「何もしないということができないんです」と答える。冷静に考えても、何とかシリアから聞こえてくる叫びに応答したい、その一心だった。彼らのあまりにも痛ましい断末魔の叫びを無視することができなかったのだ。いつか、この闘いが終わりを迎える日、僕はただの傍観者にはなっていたくなかった。

僕が、シリアについて知っているのは、本当にわずかだった。幼い頃から「平和」や「戦争」について考えてきたが、特段シリア危機に強い関心を寄せていた訳じゃない。でも、今はシリアを想うだけで、自然と涙が溢れる。

 

イギリスでシリアの人びとと触れ合い、彼らの「故郷」の現実を知ったあと、何かしなくちゃいけないんじゃないか、そう思いながら日本に帰国した。

そんな中、シリアの若者を描いたドキュメンタリー作品を観て、その想いは決して揺るがない確かなものに変わった。同い年のシリアの青年たちが闘っているという事実を知った僕に、もう後戻りという道はなかった。

長きにわたる強権的で独裁的な政治体制のもとで、抑圧を強いられてきた人びとが、立ち上がった。その中心にいたのが、自分となんら変わらない同い年の若者。希望と不安が入り乱れた彼らの表情は今も忘れられない。全てを捨てて、命を懸けた闘いに身を投じた彼らを見て、心が震えた。

そんな彼らが、無残にも殺されていく情況を見て、「僕たちの叫びを無視するのか?」、そう言われている気がしてならなかった。その日から、上映会やシンポジウムを開いて、シリアの問題をこの日本で考え続けてきた。それが今の僕にできる精一杯だから。

 

でも、結局この4年、僕はシリアの状況を変えることも、彼らたった一人の命を救うこともできなかった。何も変わらなかった。なんて無力なんだろうか。怒りと絶望に押しつぶされる。

 

私たちはこの7年、何を目撃したのだろうか。恐怖と空腹に苦しむ子供たちの泣き声。愛する故郷を追われた人びとの葛藤。それすら許されず海の藻屑となった人びとの無念。血まみれの我が子の亡骸を抱える父や母の涙。瓦礫から息絶えた赤ん坊を救出する青年たちの祈り。

©Fadi Al-Halabi 
 

 

人間が人間として生きることが許されない「地獄」を目撃した。

 

私たちにできることは、何もないのだろうか。

 

シリアの紛争は複雑だと言われて煙たがられる。大国の大義名分や、過激派組織の台頭、国際政治のような場で語られることが多いからだろうか。

でも僕には、そんな複雑な話には思えない。彼らが求め続けるのは、「人間の尊厳」に他ならないから。

人が人間らしく生きたいと願うこと、それは複雑で野蛮なことなのだろうか。彼らが求めるのは、私たちが今、当たり前に手にしている、この日常だ。

「何にも代えがたい故郷で、愛するものたちと平穏に暮らす」。

彼らは、そんなささやかな希望を抱いた。そして、最期まで諦めなかった。命が燃え尽きる最期の瞬間まで、「地獄」と化したシリアを世界に向けて発信し続けた。

 

私たちは、彼らからそんな「希望」を託されている。

 

今、人びとは間違いなく絶望に覆われている。そんな中、僅かながらの希望を灯し、懸命に生き延びようとしている。

 

エイハムさんは言う。

「シリアの人は食料やお金のために闘ってるんじゃない。自由のために闘っている。今日までに40万以上の人が殺された。何もしなくていい訳がない。僕にできるのは奏でること。だから歌い続けるんだ。私たちの痛みを伝えるために、そして、残された人びとの希望のために。」

 

©Aeham Ahmad / Stand with Syria Japan
ヤルムークにて。
 

 

 

私たちも出来ることがあるはずだ。

シリアで何が起きているか考えることができる。

シリアで続く殺戮と破壊に声を上げることができる。

シリアで懸命に生きる彼らを見捨てていないと示せる。

 

私たちは、彼らが生きたかった今日を生きている。彼らの求め続けた尊厳とともに。私たちに、時間を戻す力はない。それでも、彼らが託した「希望」を紡ぎ続けることができる。

 

この企画も、そんな想いの結晶である。

 

シンポジウム 2018年4月14日(土)@東京大学駒場キャンパス 

演奏会 2018年4月15日(日)@東京大学駒場キャンパス

演奏会 2018年4月19日(木)@広島 ゲバントホール 

 

多くの人が会場に足を運び、この日本から僅かながらでも「連帯」と「希望」を見せることができるようにと願わずにはいられない。

直接的な物資支援が届かない今、これは私たち一人ひとりが進められる最初の歩み。本当にわずかかもしれない。それでも、それはやがて、圧倒的な爆撃にもどんな卑劣な弾圧にもかき消されることはない、彼らの「生きる希望」となると信じている。

 

このシリアの紛争も、いつか歴史の一ページに記されるのだろうか。その時に「私たちは全力を尽くした」と言えるようにしたい。

そして、きっとそこには記されることのない、シリアで「尊厳」をかけて闘った勇気ある人びとの存在を、私たちは忘れてはいけない。

 

絶望の中、今、彼らを想う。

どんなに苦しかっただろうか、どんなに悔しかっただろうか。

「君のように尊厳を持って生きたいんだ。」

そんな細やかな願いを抱きながら、殺戮と破壊の中もがき苦しんだ末に

亡くなった全ての人に、愛と哀悼を捧げる。

そして今日も心に刻む、彼らの「命の鼓動」を。

 

 

 

Facebookページでおすすめプロジェクトを毎日配信しています