みなさんこんにちは。沢山のご支援ありがとうございます。プロジェクトリーダーの古波津です。前回は初代ミャンマー駐在インターンの小沼武彦さんの紹介を致しましたが、今回は二代目ミャンマー駐在インターンの林直人さんの紹介をさせて頂きます。(既にサポーター6人目で顔だけは紹介させて頂いております。

一番左が僕、林直人です。その隣が現地パートナーのジョセフです。

 

迷い続けた大学生活

 

僕はずっと将来に迷っていました。

大学に入ってからもずっと「本当にやりたい事って何だろう・・?」そう自分にふと問い続けることは多かったのですが、なかなか見えてきませんでした。そんなとき、たまたま友達が「カンボジアでボランティアしてきたんだ、すげえ楽しかったよ!」と言っているのを聞き、大学3年の終わり、「何か出会ったことないもの」を探して僕はカンボジアに降り立ちました。

 

カンボジアでの活動は小学校で体育を教えるボランティア。

まだ体育という授業の無いカンボジアでのこの経験(多くの途上国には、体育、音楽や美術の授業はありません)は、はっとさせるものがありました。

「教育はものすごい可能性を秘めている!!」

教育というのは続けていくことで、一時的な支援ではなく、たくさんの人に、これまでとは違った人生の可能性を切り開くことができると強く感じたのです。

 

一方で、大学でITの研究をしていくうちに、はっきりと認識したこともあります。

「ITは技術自体も大事だけど、どう使うかも非常に大事だ。ITはツールでしかない。」

そんなとき、e-Education創業者、税所篤快(さいしょあつよし)さんの著作「前へ!前へ!前へ!」に出会いました。読んだとき、もちろん感動したのですが、同時にとてもワクワクしたのを今でも憶えています。

インターネットの発達した日本においては最先端とは言えないDVDというITツールをあえて使うことで、ネット環境のよくない途上国の教育を変えようとしていたからです。ITも教育も、自分の興味のある分野です。その後、ネット上でe-Educationの新メンバーの応募を見つけました。ワクワクが止まらず、すぐに応募を決意しました。

 

現地での発見と葛藤

 

ミャンマーに着任してからは、ミャンマー全体のプロジェクトのパートナーであるジョセフを始め、多くの思いを持ったミャンマーの若者と出会いました。

ミャンマーのある学校では貧しい環境でありながらも朝早くから夜遅くまで勉強していました。そして、僕に、将来国をどう良くしていきたいのか、一生懸命に語ってくれたのです。

年齢の変わらない同じ世代の口から、故郷のために、国のために、という言葉を聞き、僕はただただそこに「日本との違い」を感じざるを得ませんでした。

 

その後、映像コンテンツや運営管理のためのITコンテンツの作成に取り掛かりましたが、先生が約束を守ってくれなかったり撮影を拒否されたりと様々なアクシデントに見舞われました。映像教育という馴染みのない方法に戸惑う先生が多かったのです。同時に、1人ではできることが相当限られているという感覚は日々強まって行きました。

「このまま頑張ってコンテンツを作成して、一つか二つの学校に広げたら、赴任期間の1年が終わってしまうのではないか?そうしたら、その後はどうなってしまうのか?そもそも、コンテンツを作成することが本当に最も大事なことなのだろうか?」

そのようなことも感じました。

 

最高のチームを作る!

 

絶対に自己満足で終わりたくないし、できれば現地の人が自分たちだけでやっていけるようにしたい、という思いが、悩みに拍車をかけました。

「やはり人ではないか。人を集め、良いチームを作って帰ることこそ、本当の目標であるべきではないか。」

ミャンマーに赴任してからだいぶ経って、とうとうこのことに気づきました。

そして強く思ったのです。

「最高のチームを作って帰りたい!」

それまで僕は、ミャンマーの現地パートナーのうちでも一番の協力者であるジョセフやジョンに対していかに映像教育が可能性を持つのかロジカルに伝えていました。国を良くしたいと思っている彼らは、それに応えるように手伝ってはくれます。でもそれは「熱心なお手伝い」であり、彼ら自身がe-Educationの映像教育プロジェクトを自分たちのものだと心の底からは思っていないように僕には感じられたのです。「ミャンマーのためにやってくれている日本人に一生懸命協力している」。そんな風に見えたのです。だから彼らは真の意味で自分たちからは動いてくれませんし、ましてや僕がいなくなった後、プロジェクトの熱量はきっと下がってしまう。

 

頭で考えても答えは出ないのです。答えは相手の心の中にあると思った僕は、プロジェクト以外の時間も一緒に過ごし、信頼関係を築き、そしてまっすぐに思いを伝えました。

「お前たちがいないとこのプロジェクトは来年から続かないかもしれない。僕がやるんじゃない!どうしても二人にやってほしい!二人じゃないとだめなんだ!」

彼らの答えはイエスでした。「これは俺たち二人と、そしてナオトの三人のプロジェクトだ」。こうして「Team Myanmar e-Education」は誕生したのです。

 

最高の仲間とともに

 

僕は今大学院2年生で毎日研究に没頭していますが、あの1年の間に本当に心を開いて、真剣に顔を突き合わせて議論したジョセフとジョンの姿は今でも鮮明に目に焼いていますし、彼らがミャンマーのために今も継続している活動を心から応援しています。それはずっと変わることのない思いです。二人とは今でも、当時のことを、そして将来のことを話し合う本当の、最高の仲間です。

 

 

皆様、3代目ミャンマー駐在の安田君、それを統括する古波津さん、ジョセフとジョンが選んだ「辺境のパレワからミャンマーを変える!」という困難だけど意味のある選択を是非応援してください。僕の最高の仲間を是非とも応援して下さい。パレワの子どもたちを是非とも応援して下さい。

「Team Myanmar e-Education」はジョンとジョセフが築き、安田君や古波津さんが一緒に活動し、そして皆様の応援で支えられることで、ミャンマーの未来を切り開くことができるものだと強く信じているからです。

 

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