プロジェクト概要

プロジェクトの終了が報告されました
260年前に建てられた鄙舎(ひなや)の茅葺き屋根の葺き替えを13年ぶりに実施します。
 
古き良きものを島根県の小さな村(石見銀山)から未来に残し続けていきたいと考えています。
 
今一度立ち止まって快適さを求めるあまり失ってしまった、私たちが生活するのに大切なものや事を考えなおしたいと思っています。
 
どうか、応援よろしくお願い致します。
 

※ タイトル及び概要の鄙舎の築年数の変更について:次の通り、2017/05/15に変更作業を行いました。
(変更前)「築270年」→(変更後)「築260年」

 

 私たちの会社理念です。復古創新を考え方のモノサシにしています。

 

 

はじめまして。石見銀山生活文化研究所の所長の松場登美と申します。今から35年前、島根県大田市大森町の石見銀山(いわみぎんざん)のふもとで、古民家を改修し「コミュニケーション倶楽部 ブラハウス」を始めました。それが、今のアパレルブランド「群言堂(ぐんげんどう)」になります。

 

私たちは、古いものに固執するのではなく、いにしえの良きものをよみがえらせそのうえに新しい時代の良きものを創っていくことを大切にしています。

 

この度は、1996年広島から石見銀山に移築した築260年の鄙舎の茅葺き屋根の葺き替え費用をみなさまに支援していただきたいです。未来へ古き良き暮らしと技術を残していくために、どうかご協力お願い致します。

 

石見銀山生活文化研究所 会長 松場大吉 と 所長 松場登美

 


舞台は、島根県大田市大森町

世界遺産に登録された石見銀山のふもとにあり、人口は400人ほどの町です。


 

私は、今から35年前結婚を期に夫(松場大吉)の生まれ故郷の大森町に嫁いできました。ここは、通称「石見銀山」と呼ばれる場所です。

 

今でこそ石見銀山遺跡が世界遺産に登録されたことで有名になりましたが、私が嫁いできた当時は、荒れた空き家が目立ち、高齢化して衰退の一途をたどっている状況でした。

 

でも都会には無い、近所の方々との人情味あふれるお付き合い、四季折々の自然に恵まれた環境、そして歴史ある古い町並みとその佇まいが何よりも魅力に感じられました。

 


 

この地に移り住んできてから、私は夫とともに自宅前の空き家を手に入れ、改装を始めました。ここから、私たち夫婦の理想郷づくりが始りました。

 

割れたガラスや崩れた土壁、放置された廃品を片付けては修復する作業を繰り返しました。「コミュニケーション倶楽部 ブラハウス」として正式にオープンしたのは、それから2年後のことです。

 

「コミュニケーション倶楽部 ブラハウス」が今の群言堂石見銀山本店です

 


土地に根ざしたものをつくりたいと思い、

これまで20数年間で10軒の古民家を再生させてきました。

ある詩人の言葉に「人はいつか人生で躓いた時、人の言葉より、いつか見た懐かしい
風景に救われることがある」―――とある。そんな風景を守っていきたい。


 

本当に伝えたいものを模索している頃、私たち夫婦は、近所の空き家を購入、修復しました。使える柱や梁はそのまま活かして、取り壊した土壁は練り直して利用しました。

 
再び甦ろうとする家の姿は、自分の体が生まれ変わるような気分です。そこは電気もガスも水道も引かず、昔の暮らしを再現しました。
 
出来上がった空間は不思議なものとなりました。その家が踏んだ時間の記憶や年数がそのまま家に刻まれているようでした。
 

 
「新しいのに古い 古いようで新しい」これは、私たち夫婦にとって新しい感動でした。そして「復古創新」が私の永遠のテーマとなりました。

 

民家再生は単に家の再生に終わらず、そこに暮らしも再生させました。快適さを求めるあまりに失ってしまった物や事が、人間が生活する為に、どれほど大切なものだったのかを今、考え直したいと思います。

 

他郷阿部家

 


タイチェンマイにある「美しい竹の村」との出会いと

偶然目にした新聞記事「茅葺き豪農屋敷解体、引き取り手募る。」
広島県世羅郡甲山町(現・世羅町)に立派な豪農の家があり、引き取り手を探していました。


 

鄙舎と私たちとの出会いは「土地に根ざしたものをつくりたい。日本で、石見銀山という土地をべースに仕事をしていきたい」そう思い始めていたものの、こんな田舎で本当にできるのか、なかなか踏み込む勇気が持てずにいたころです。
 

そんなとき、知人からタイのチェンマイにある「美しい竹の村」の話を聞きました。「美しい竹の村」はタイの一人の女性が開いた工房です。彼女は、母親から習った草木染めや手紡ぎを仕事にしようと心に決め、自分だけでなく近所の女性たちにも広めていきました。それが後に伝統工芸として認められるようになり、地元の女性たちは働き場所を得て、村を離れる必要がなくなり、過疎化にもストップがかかりました。直接現地を訪れて、私は勇気が持てました。

 

「石見銀山でも、この村のような暮らしがきっとできる。わたしたちも、田舎で食べていこう!」この思いは、詳言堂のスタートとなったものでもあります。

 

私たちは、日本の田舎の原風景を、この土地につくりたいと考えていました。そんな時、偶然ある新聞記事を発見しました。

 

「茅葺き豪農屋敷解体、引き取り手募る。」

 

広島県世羅郡甲山町(現・世羅町)に立派な豪農の家があり、町としては保存したいのだが費用がなく困っている。その家には、梶谷アキヨさんという86歳のおばあちゃんが暮らしていました。

 

17歳でこの家に嫁ぎ、8人の子どもを生み育て、畑を守り、家を守り、家族を守って生きてきたアキヨさん。ただただ、そうやって生きてきたことが、本当に尊いと思いました。「このおばあちゃんが69年過ごした家を、暮らしそのものを引き継ぎたい」わたしは強く願いました。

 

50組近くが「引き取りたい」と申し込んでいたなか、思いがけなく「松場さん、茅葺きの家はあなたたちに引き取っていただくことに決まりました」と電話がありました。

 

 

移築前の鄙舎

 

いざとなると移築には莫大な費用がかかりました。建材が運ばれてきたときは、ボロボロの家が、基礎ができあがって桂が立ち、土壁の下地となる小舞竹が組まれてくるあたりから、家の表情は変わっていきました。茅を葺くころには、そこにたたずむだけで、心が満たされる空間になっていました。


こうして1996年に江戸時代中期の260年前に建てられた豪農屋敷が広島県世羅町から石見銀山の町、大森町に移築されました。私たちはこの家に鄙舎と名前を付けました。広さ約100平米の平屋で、いろりの間や畳の間など6部屋があります。

 

移築時の茅葺作業の様子

 


13年ぶりに鄙舎の茅葺屋根を葺き替える

1996年に広島から鄙舎を移築し2003年に一度葺き替えを行いました。しかしこの時は萱に藁を混ぜての葺き替えでした。現在は、すでに痛みがひどくなり葺き変えが必要になりました。


 

2003年に一度葺き替えをしました。茅の葺き替えは、通常30年に一回程の間隔で行うようです。13年前に葺き替えの際は、藁を入れて葺き替えたので、費用はそれなりに安くなりました。しかし、それにより耐久性が劣り、今ではすでに痛みがひどくなり葺き替えが必要となりました。

 

この経験を活かし今回は全て茅を使い葺き替えを行います。今では茅は貴重で、なかなか手に入りにくくなっています。さらに、葺き替えの技術を持つ職人さんも少なくなりました。

 

鄙舎を維持する事で技術の伝承や文化を伝承し、今の時代に活用していきたいと思っています。私達の基本的な考え方は、効率性ではなく、物を残すことによって、職人が育ち、技術が伝承されていくことにも価値があるという考え方です。

 

秋の鄙舎の様子

 

■具体的なスケジュール計画

2016年秋 :茅集めを開始

2017年3月:足場を組んで葺き替えの作業開始

2017年8月:完成予定

 

完成した時には、関係した人たちを含め多くの方に参加して頂いて、完成記念のイベントを行いたいと思っています。

 

■資金の使い道

工事全体費用 約21,600,000円の一部費用

(差額に関しては自己負担)

 

鄙舎での結婚記念集合写真

 


鄙舎に託す未来への投票 

古き良きものを未来への残したい私たちの覚悟


 

思い返せば私達夫婦は常に遠回り、非効率なことを大切にしてきました。この「鄙舎」への投資こそ、究極の非効率かもしれません。しかしこの景色がなによりも価値があり、次の世代へ継承していくべきものと信じています。

 

本社屋を建てるために手に入れた千坪ほどの土地、そこに茅葺きの家「鄙舎」を移築しました。その11年後となる2007年、石見銀山は、鉱山遺跡とこの町並みの文化的景観が評価され、世界遺産に選出されました。この小さな町から、どのような発展の仕方が人類によって幸せか、この小さな町から発信していけると実感した出来事でした。

 

物を残さなければ技術は伝承されない、職人も育たないと言い続けてきましたが、思えば群言堂が国内の素材にこだわって来たのも、古民家再生を何軒も手掛けてきたことも、暮らす宿「他郷阿部家」でのライフスタイルも、全ては「継承」の二文字につきます。

 

だからこそ「鄙舎」の葺き替え時期が来た今も、いかに茅に変わる便利で安価な新建材が出まわっていようと、茅で葺き替えるべきという覚悟ができました。

 

そして、この景色を残すための“決断”が「未来への投票」であると信じています。

 

 

<石見銀山生活文化研究所>

アパレルブランド「群言堂(ぐんげんどう)」などを全国へ展開する。今ではファッションブランドの「登美」「根々」「Gungendo Laboratory」、スキンケア用品や発酵食品を手掛ける「MeDu」、飲食店の「Re:gendo」「Ichigendo」、そして宿泊施設「他郷阿部家」と、衣食住のすべてを扱うライフスタイルブランドへと進化。

日本各地の織り染めの技術を活かし、糸1本にまでこだわって、布地から手作りされる群言堂の商品は、全国の百貨店や専門店でも商品は販売されている。速さや新しさを追い求めてめまぐるしく変化する他ブランドとは全く違った深い味わいを持ち、全国に根強いファンを増やしてきた。

 

 


リターンについて

支援して下さった方にはささやかなですが、お食事券や、ここでしか手に入らない限定バック、宿泊プラン等をご用意させていただいております。


 

■お礼のお手紙

 

■鄙舎修繕協力者として特設ページにお名前を掲載


■Re:gendo又は石見銀山本店ペアランチチケット(ドリンク付)

ご利用は2016年11月から2017年12月までです。
本店:島根県大田市大森町
Re:gendo :JR西荻窪駅南口より徒歩2分

 

 

■2冊組書籍『ぐんげんどう』(平凡社刊)

無謀とも思える過疎の町でのビジネスの歩みを語り下ろした「経(たて)」本と、この風景の物語を写真で紡いだ「緯(よこ)」本の2冊組。

 

 

 

■完成披露パーティーにご案内(旅費別途)

2017年8月頃に予定。日程が決まりましたらご案内します。

 

 

■READYFOR支援者限定帆布バック
※写真はサンプルで実際にご提供する製品とは異なります。

 

 

■【群言堂オリジナル】梅花酵母を配合したスキンケア化粧品MeDu(めづ)のセット 
保湿クリーム、ローション、保湿洗顔石鹸


 

■【群言堂オリジナル】梅花酵母の清酒と梅酒のセット

 

 

■石見銀山田舎暮らし体験 

 -1泊2日ペア(食事別)

 -2泊3日ペア(食事別)

 -1泊2日貸切り(6名様程度まで)
石見銀山街並みの武家屋敷を改装した家に宿泊(重要伝統的建造物群保存地区内)
ご利用は2016年11月以降になります。※満室の場合等ご指定日にそえない事があります。

 


■お買い物に使用可能金券 15000円 
オンラインストアで使用できるクーポン券
※発行後半年間有効(2016年11月発行予定)



■鄙舎サポーター名刺
当社の名刺に鄙舎サポーターとして、印刷してお渡しいたします。

 

 

 

■他郷阿部家の宿泊券 

-1泊2日ペア(朝夕食事つき)

-2泊3日ペア(朝夕食事つき)

-貸切 1泊2日(6名様まで宿泊無料)

-貸切 2泊3日(6名様まで宿泊無料)

 三浦編集長の大森町案内つき

 夕食は松場登美、大吉がご一緒致します
ご利用は2016年11月以降になります。※満室の場合等ご指定日にそえない事があります。

 


■松場登美出張講演 (旅費別途)
2017年1月以降の日程で調整させて頂きます。

 


■三浦編集長がご支援者様(もしくはご支援企業様)を取材して記事にします。その後、三浦編集長【号外】として発刊いたします。


 


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