第34回目の『メッセージリレー』は、LYSTA代表 鈴木理絵さんの第5弾です!

 

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メッセージリレー #1『LYSTA代表 鈴木理絵 1』

メッセージリレー #6『LYSTA代表 鈴木理絵 2』

メッセージリレー #14『LYSTA代表 鈴木理絵 3』

メッセージリレー #28『LYSTA代表 鈴木理絵 4』

 

 

鈴木:ハナ咲カプロジェクトを応援してくださっている皆様ありがとうございます。お一人お一人のお力添えにより、350万円に届きました。

皆様のお気持ちを無駄にすることがないよう、なんとか目標金額500万円を達成したいです!

 

クラウドファンディングが夢にまででてきて不安な毎日ですが、絶対に成功させたいです!引き続きのご協力をよろしくお願いいたします。

 

さて今日は代表である鈴木の第五回目のメッセージリレーです。

 

原発事故の警戒区域で保護した子を少しだけ紹介します。

 

警戒区域にとりのこされた犬は、その後目撃情報がとても少なくなりました。目撃できた子も手づかみで捕獲するのは難しく、保護することに頭を悩ませていました。

 

ネットランチャーを使ったりもしました。ネットランチャー、ご存知ですか?ボタンを押すと網がバッと開くものです。そもそもは泥棒とかを捕まえる、人間用のものなんだそうです。

 

ネットランチャーの玉は1発35,000円もしました(>_<)

それでも、35,000円で保護できる子がいるなら、という思いでした。

 

しかし射程距離まで近づけるとりのこされた犬は少なく、その後は犬用の大きな捕獲器を使って保護を試みるようになります。

捕獲器の設置の仕方も試行錯誤で、捕獲器を藁で囲んで網が目立たないようにしたりもしました。

 

短時間仕掛けてもそう簡単には入ってくれません。夜通し掛けっぱなしにして、仕掛けた捕獲器を毎日チェックに走りました。

2~3週間連続で毎日警戒区域に入域し、2~3週間休んで、というのを繰り返しました。

 

犬の捕獲器は大きくて私一人で運べません。一人で始めたLYSTAだったので、一緒にレスキューに行ってくれる人をさがずのも大変でした。

保護した子たちのシェルターでのお世話もあり、人と時間のやりくりに頭を悩ませました。

 

放射能も、人が居なくなった町に居ることも恐怖と隣り合わせですが、ただ無心で走り続けました。

 

 

 

「うめちゃん」

顔はちらっと見せるけど逃げてしまって、捕獲器に入ってくれました。震災からすでに一年が経過した頃です。この時のうめちゃんの目が、とりのこされていた過酷な生活を物語っています。

 

 

保護時、妊娠していて、出産まで一週間ほどでした。うめちゃんも、うめちゃんの子供たちも皆、里親様のもとに巣立っていきました。

 

 

 

 

「しずかちゃん」

震災と原発事故から一年が過ぎた2012年5月、捕獲器に入ってくれました。保護直後は唸って牙をむいていましたが、シェルターに連れ帰って首輪をつけた途端、普通の穏やかな犬に戻りました。

 

 

 

 

「ヤマト」と「ミコちゃん」

2012年4月保護

警戒区域にとりのこされた犬から生まれ、生後2か月を過ぎた頃に保護しました。社会化に大事な時期を、人間を知らずに育ってしまいました。疥癬も患っていました。いつでも逃げる体制でずっと二頭で固まっていましたが、ごはんはがっついて早食いでした。子犬にとっても過酷な環境だったんだと想像できます。

 

 

 

 

「ゴンゾーくん」

2012年2月保護

ゴンゾーくんも震災後生まれで、保護時生後10か月ほどでした。人間と関わることなくこれだけ育ってしまったゴンちゃんは、ケージからでてくるのも時間がかかりました。

 

 

 

 

「小春ちゃん」

小春ちゃんは震災から二年も経過した2013年2月に捕獲器に入ってくれました。

しかし、フィラリア強陽性で、肺腫瘍も患っていました。

保護してごはんを美味しそうに食べ、お散歩を楽しめたのはたったの一カ月、その後は苦しくて横になって眠ることも困難になり、かわいそうでなりませんでした。

 

二年も警戒区域にとりのこされていてやっと保護できたのに、小春ちゃんはたったの二か月で虹の橋を渡ってしまいました。

 

 

 

私は警戒区域にとりのこされた「犬」を保護したくてLYSTAを始めましたが、犬の捕獲器には猫も入ることがあります。犬の捕獲器に入った猫は、猫専門のボランティアさんにお願いしたり、受け入れ先がみつからない子はやむを得ずそのまま元の場所に放さざるをえなかった子もいました。

 

 

 

 

「のびたくん」

のびたくんも犬の捕獲器に入った子です。震災前から野良生活だったのか、わかりませんが、とても凶暴でした。のびちゃんの最初の名前は「ジャイアン」でしたが、ジャイアンを卒業してくれるように思いを込め、途中で「のびた」に改名しました(笑)

 

 

 

猫の飼育経験がない私は、こんな凶暴な猫をお世話するのはとても怖かったし、どうしてあげたらいいかもわからなかったです。その頃から来てくれるようになったボランティアさんたちのおかげで少しずつ穏やかな子にかわっていきました。今は里親さんのもとでのんびり暮らしています。

 

 

 

原発事故の警戒区域にどうしてこれほどまでに犬猫がとりのこされてしまったのか、どうして避妊去勢手術がなされてない子がほとんどだったのか。

 

避難されて犬猫をおいてきた飼い主さんとお話すると、それは「緊急避難のせいだけではない」と感じることが多かったです。布団を積みたかったから犬は連れてこなかった、という方もいました。

 

「子犬・子猫が生まれたら川に流す」「畑の番犬として犬を建てる」

そういう扱い方をする人もまだいます。そもそもの「飼い方」にも問題があったと、そして、関東や関西では着々と進んでいる動物愛護が、ここ福島でも少しずつ浸透させていかなければいけないと、震災の教訓から感じます。

 

Ohanaは、ペットの適正飼育、共に暮らす、という意識を向上させるということにも力を注いでいきます。

 

 

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