こんにちは、矢田@インドネシアです。


前回の記事では、このプロジェクトを実施しているグヌン・ハリムン・サラック国立公園の紹介と、インドネシアの国立公園が抱えている課題について記しました。

 

前回記事のとおり、インドネシアに設立されている50の国立公園は、原生自然の保全に重点が置かれているため、公園内で人が暮らしたり、耕作地として利用することは基本的に認められていません。しかし、実際には国立公園制定の際の不手際もあり、それ以前に人々が住み、農耕地が広がっている場所が、国立公園として定められてしまうことが少なくありません。

 

 

昨日まで何の問題もなくそこに暮らしていた人々が、国立公園の制定を境に、違法居住者・違法耕作者として取り締まりの対象になってしまう、という悲劇が起こり得てしまうのです。

 

 

 

 

国立公園内に広がる耕作地。
こうした見事な棚田も、これまでの政策では違法耕作として
取り締まりの対象とされてきました。

 

 

 

 

国立公園の制定に関して、行政は公聴会も実施し、住民に広く告知した上での政策決定ということにはなっています。けれどもこうした公聴会が、そこに住む住民達に対して直接に行われることは、残念ながら稀であり、そのほとんどが県庁の会議室などに各村の村長を招待しての説明会に終わってしまうことがほとんどでした。
公聴会では、公園職員や研究者などによって、この地域の自然生態系がいかに重要であり、その保全が急務であるかの説明がなされますが、出席している村長さん達にとってはその専門用語の難しさもあり、実際には説明内容をきちんと理解できないままに、公聴会が終了してしまうことも少なくありません。さらに、場合によっては、公聴会への出席者名簿に記帳したことが、村長による合意の署名、として国立公園制定の承認材料に使われてしまうこともあったりするのです。

 

 

私自身も出席した国立公園の制定に関わる公聴会。
各村の村長が出席しますが、果たしてその意図がどこまで理解されるのか...
出席者として歯がゆい思いをすることも少なくありません。

 

 

 

 

また、多くの村では政府決定を通達する回覧板などもないことから、そうした国立公園制定のプロセスが住民に知らされることはほとんどなく、自分達が知らないうちに、自分の家が、田畑が、国立公園に指定されてしまう、ということが起こってしまいます。


新しく国立公園が制定されたり、その面積の変更があったりすれば、もちろん新聞にも掲載され国民への周知もなされます。国立公園を管理する林業省のホームページにも大臣決定の全文が掲載されます。けれども日々の新聞の配達もない村々、電話も引かれていない地域に暮らす住民にとって、そうした政府広報に触れる機会すら難しいと言わざるを得ないのが現状なのです。


状況をさらに難しくしているのは、政府内の連携の不備。環境保全に関わる部署とそれ以外の部署との連携が上手く取れていないため、一方では国立公園として居住や耕作を禁止されながら、また一方ではその村の中に学校や保健所が政府によって建設・運営され、農業指導員が派遣され、道路建設や電力供給などが政府サービスの一環として実施されるという矛盾した状況にあるのです。

 

人が住んではいけないはずの国立公園内に、公立の学校もあります。

 

 

 

認めたくない事実ではありますが、環境保全の名のもとに、住民自身がその決定を知らないままに、国立公園が誕生し、公園内に暮らす違法居住者が誕生するという悲劇が起こってしまいます。

ある日突然に国立公園職員が村にやってきて、違法耕作だからとの理由で、住民が植えた作物を引っこ抜いてしまう、森から薪を切り出した住民が違法伐採者として逮捕されてしまう、そんな悲しい事実を、私自身直接に村の人達から伺っています。

 

里山の森に果樹の種を植える村のおじさん。
こうした行為も、それが地方の固有種でないことが理由で
これまでは取り締まりの対象とされてきました。

 

 

 

このような状況を前に、我々よそ者は、NGOで働く者は、どんなアクションを取りえるでしょうか?

公平を欠いているとして、社会正義の名のもとに国立公園制定反対を訴えるNGOもあります。そうしたNGOから、地裁に訴え出るための署名活動に参加を求められたこともありますし、もっと直接に「政府なのか住民なのか、お前はどっちの味方だ?」と問い詰められたこともあります。


私の取るべき立場ははっきりしています。「環境保全も大切、村の人々の生活も大切。どちらか一方を取るのではなく、その両方を実現できるような妥協点を見出したい」というスタンスです。生態系保全を目的とする国立公園。ましてや世界的に見ても貴重な原生林の存在。その存在が失われないための保全活動に、私は強く賛同します。しかし、その目的のために、そこに暮らす人たちが生活の糧を失い、強制的に立ち退かされるような状況には賛成しかねます。「人か自然か?」ではなく、「人と自然との共生」に向けて、自分にできることをしたいのです。

一人の人間が、いわんやインドネシア国籍も持たない私のような者に、何が出来るかと問われる方も大勢おられるでしょう。でも、よそ者の私には、よそ者ゆえにできることがあると思います。そして、志を同じくする多くの友人やNGOとのネットワークもあります。

 


こうした状況を改善するための取り組みは、国際的にも多くのアクションとなって沢山のの人が関わっています。日本政府も政府開発援助(ODA)を通じて、国立公園管理制度の改善に取り組んでいます。また、国立公園管理に携わる政府職員のマインドも大きく変化し始めています。

 

日本政府も地域の人達と共存した国立公園管理の仕組み作りに
数多くの取り組みを実施しています。

 

 

 

この「熱帯林の恵みで村おこし ヤシ砂糖を使った生姜湯を作ろう!」というプロジェクトも、これまで日本政府や国際機関、NGOが実施してきた多くの熱意ある取り組みの成果に、その端を発しています。


次回の記事では、これまでにこのグヌン・ハリムン・サラック国立公園で行われてきた沢山のアクション、そして、2002年のインドネシア赴任以来、私自身がどんな形の関わりをしてきたのかについて記したいと思います。

単に生姜湯が売れて村の人の収入が増えればいい、そんな単純な事ではないはずです。このサトウヤシを使った生姜湯に込めた私の想いを、人と自然との共生の実現に込められた多くの人の想いを、そしてなによりも地域の人達の想いを、伝えていきたいと思います。


この記事をご覧になられた皆さんの、一人でも多くの方がこのプロジェクトに共感し、参加してくださることを願って!
 

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