【余計なこともしなあかん】

「作り手として、京都人が何を考えるかですわ。今の京都人は、東京ばっかり見てる。東京にクソ―と思いながら、東京で飯食うてるわけです。せやから、京都てなにもんや?ということを、もっと深こう掘り下げる必要が京都人にはあるんや思いまっせ。それがなんや言うて、私は答えもってないんですけど(笑)。京都人も色々考えんなん場面が出てきてんちゃいますか。でも時代ってそんなもんです。王道だけで他の道があかんていうんやなしに、余計なこともしなあかん。王道があって他の道の刺激があって、それがずっと続いて行くもんやと思います。

 

【作家志向の職人】

「私の知ってる世間は狭いですけど、今はみんな内向きです。私の思うてることは夢になっている。これね、司馬遼太郎にも責任があるんですよ(笑)。私ら司馬遼太郎が描く日本人像にあこがれて生活してきたわけです。日本人てのはどういう部分を持った民族なんかということを考えてきたわけです。日本人は、時代の変化の時に自分のためではなく世の中の社会の利益のために己の財産も差し出すとか。そういう日本人でありたいと、思いながら生きてきたんが、どうも間違ってたんやなと。この頃の内向きの日本人を見てると…ねぇ。

 

日本人は如何に生きるべきかというのを司馬遼太郎は言うたんやと思いますけど、あまりにもそれに傾倒し過ぎたんかな。自分もその世界に生きたいと思いましたし、そういう人も多かったですよね。七宝屋のおばちゃんに言われたんですけどね、『中西さん、色んなこと考え過ぎやで。それがあんたの欠点やで。あんたは自分で全部なんか勝手に燃え上がって。それがあんたの欠点。そやから世の中に出られへん』って(笑)。そう言われたんですよ。もう同じ空間に居ながら、自分だけ違う空間にいるみたいな感覚ですな(笑)。」

 

 

私らみたいな作り手はこのままいったらいんようになります。『職人』というのは私の持ってる言葉のイメージと意味と、おたくらが持ってられる職人のイメージはちょっとズレがあると思うんです。作家志向の職人はそれなりのいろんなことがあるさかいに、一つの仕事を1000円という職人がいる中で、作家志向の人は1万円というんです。それでその人が例えば2万円もらいますと言いますやん。直接エンドユーザーと繋がるなら2万円は成立します。でも普通の職人がエンドユーザーと繋がるのは稀ですわ。

 

間には色んな業者が介在します。それで職人の立場やったら作家志向の職人が作る2万円の物でも、2千円しかもらえない。その落差の中で私ら長い間、親父世代、爺さん世代から悩んできたことですわ。ところがものを作って付加価値を付けてエンドユーザーと繋がるというのが今の動きですけど、繋がってずっと行ける人は多分1000人のうち1人。その問題をどうやって解決したらいいかと考えた私が小売りの店を持ちたいと思った理由です。間で搾取されてた部分を自分で全部やるには表で窓口をもたなあかんのです。儲けたお金をどのように分配するか。富の再分配が大事なのは一部の『売り場』を持ったやつが富を取ってしまうわけです。富をどうやって分配するかによって、私らみたいなこういう仕事をしているもんがやり続けられるかどうかに繋がります。益々格差がついて、売り場を握っている奴だけが暴利をむさぼって、回転させていくということはもうこれから無理やと思います。

 

バングラデシュや中国があるお陰で今はできてますけど、扇子産業で見ると、グローバル化が格差を広げています。反対にホリエモンはグローバル化によって格差は縮んでいると言います。確かにバングラデシュやミャンマーの人はこれから格差は縮まり平準化に近付いていると言えるかもしれませんけど。私らは、ひとつの起こってる現象が、住んでいる世界によってどういう風な見方をしたらいいのか考えた方がいいです。」

 

(つづく)

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