プロジェクト概要

 

茨城県久慈郡大子町。ここに、陶芸家であり、芸術家であったドイツ人、ゲルト・クナッパーが残した作品の一つ、江戸時代末期に建てられた茅葺き屋根の古民家があります。

 

母屋

 

建築法の関係で、茅葺き屋根の建物は新しく作ることができません。そのため、現在まで大切に守ってきました。

 

しかし、この茅葺を維持していくためには多くの資金が必要になります。そこで、この場所を次の世代に繋いでいくために、休耕田を購入し、茅葺屋根の材料となる茅を自ら育てるプロジェクトを行います。

 

 

ご支援いただいたみなさまへ

 

ご支援いただきましたみなさまのおかげで、目標金額に到達することができました。本当にありがとうございます。

 

何故か心まで癒してくれるような、茅葺き屋根の古民家のある里山風景を何とか残していきたい、より多くの方に知っていただきたいとの思いから、このクラウドファンディングをスタートさせました。

 

蓋を開けてみると、本当に多くの方々が、それぞれのご自身の思い出の中の日本の古民家里山風景を思い出としてとても懐かしんでいらっしゃったり、また、若い世代でも、珍しい茅葺き屋根そのものに興味を持って下さったり、父のファンの方々が懐かしんでくださったり、数えきれない応援の声をいただき、本当に嬉しく、心より感謝しております。

 

今回の目標だった150万円というのは、あくまでも素材である『茅』の今後の継続的な確保のための経費です。しかし、屋根の補修又は改修工事には、より多くのお金がかかるのです。

 

そこで、残りの期間でネクストゴール 400万円を設定させていただきます。いただいたご支援は、屋根屋さんに、雨漏りしている部分の修繕を依頼するための費用として大切に活用させていただきます。

 

この修繕は、まだまだ終わりではありません。来年再来年と茅を貯めてしっかりと改修に取り組んでいきます。この茅葺を守るために、どうかみなさまの応援・ご支援をお願いいたします。

 

2018年11月16日 追記

 

 

芸術家ゲルト・クナッパーの残した作品の一つが、この江戸時代に建てられた茅葺屋根の古民家です。

 

ページをご覧いただきありがとうございます。ゲルト・クナッパーギャラリー館長のウテ・クネッパーと申します。

 

私の父である、ゲルト・クナッパーは主に陶芸家であり、芸術家でした。日本の陶芸を学ぶため、1967年に来日。独自のゲルト・クナッパー焼きとして、亡くなる2012年まで作品を作り続けていました。

 

1970年代後半の写真

 

そんな父は1975年、「今、この素晴らしい日本の職人技術の遺した日本建築文化を残さなければならない」と廃屋の江戸末期に建てられた古民家を購入。

 

自身で屋根のデザインをし、自らリフォーム工事を行なったこの古民家は、彼の芸術作品の一つと数えられています。

 

廃屋だった1975年購入当時

 

1980年頃。母屋を改装し窓をデザインし、茅屋根総葺き替え工事を行なっているときの様子。
当時は、近所にもまだ茅葺き屋根の古民家が残っていたため、
結いの様式で、お手伝い・助け合いができていました。

 

この建物と父は、世界でも有名なアメリカの建築雑誌“AD(Architectural Digest)”等にもとりあげられました

 

 

日本文化を愛していた芸術家の父の意思を受け継ぎ、守ってきた茅葺屋根。この補修には多くの費用がかかります。

 

広く日本文化を愛していた父。私たちは、この素晴らしい建物を残し、茅葺き屋根の古民家をより多くの人々に知っていただきたいと思い、父が亡くなった後もその意思を受け継いできました。

 

しかし、補修工事など、家族だけの力では維持管理が難しく、人手不足のため、現在は一部のみを長屋門ギャラリーとして、特別展示会や完全予約制での公開のみを行なっている現状です。

 

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ギャラリーとして使用している長屋門

 

長屋門の元は隠居だった部屋をリフォームしたギャラリー内観。
企画展など以外の常設展は、地元出身の書道家・中島鸞山氏の書とクナッパーの焼物を展示

 

中でも、いちばん多くの費用と手間暇がかかるのが、茅葺の屋根の補修です。すでに数か所雨漏りしている箇所がありるため、優先して取り組まなければならない状況なのです。

 

茅屋根を修繕する際は、専門の職人さんに、補修工事等を依頼するだけでも、かなりの予算が必要ですが、さらに、屋根の材料となる茅の費用は別途必要となります。

 

2005年頃、部分的に補修工事をおこなった時の様子

 

茅は、多くの人から見れば、お月見さんの時の飾りにつかう草、あるいは、ただの雑草かもしれません。

 

しかし、この茅はとても貴重な屋根の素材であり、1束(直径30㎝)¥700~¥1,700という高い価格で取引されているのです。

 

親方と茅作りをするクナッパー(2005年)

 

私たちの敷地には茅屋根の建物が2棟もあるため、この屋根を直すためには、数え切れないほどの茅が必要となります。

 

そのため、経費を削減するために出来る事は自分でするという父の方針に従い、茅を自分たちで育て、数年をかけて必要な量集めて活用をしてきました。しかし、茅葺屋根の老朽化と共に、現状の茅を育てる畑だけでは足らなくなってきてしまっているのです。

 

茅葺き屋根の建物が2棟あります

 

 

茅葺の屋根の材料となる茅を自ら育てることで、この先も継続して茅葺屋根の修繕ができる環境を整えたいと考えています。

 

そこで、皆様からいただいたご支援で、休耕田を購入し、必要な量の茅葺屋根の材料となる茅を育てていきます。そして、その茅を活用し、雨漏りの始まってしまった茅葺き屋根を修繕します。

 

<今後のスケジュール(予定)>

2018年12月:現在借りている土地で栽培中の茅の収穫作業

         同時に穂(新規購入地に蒔く種)の収穫

2019年1月:新規購入地の重機による排水・整備工事

      (現状ジャングルとなっている場所を整備します)

2019年3月:種まき

2019年5月~9月頃:茅手さん(屋根業者さん)や天候の都合により、時期の確定は難しいが、現在貯めてある茅を使っての屋根の補修工事を予定

 

 

 

もう新たに作ることのできない茅葺屋根を、日本の伝統文化の一つとして後世に残していきます。

 

ここにお越しいただいた多くの方が、「はじめて来たのに、なぜか何か懐かしい思いがする」とおっしゃいます。

 

この建物は、江戸時代から、私たちの手に渡るまでも同じように、屋根の手入れなど多くの人たちによって守られてきました。縁あって、私たちの元にやってきたこの古民家。もう、新たに茅葺屋根の建物をつくることはできないからこそ、今あるものをを守っていきたいのです。

 

どのようにこの場所を守って行けばいいのか困っていた私を気遣い、友人が今年の2月に茅刈りボランティアのイベントを立ち上げてくれました。

 

「みんなで保存に協力して、みんなの憩いの場所にしていけたらいいよね。」

 

そうおっしゃってくださる方々の力もお借りしながら、この場所を守り、繋げていきます。

 

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ボランティアイベントの様子

 

ゆくゆくは、今は公開していない広い土間と、囲炉裏の板間がある母屋内にカフェを開きたいと考えています。

 

ギャラリーで、芸術鑑賞し、ゆっくり庭を散策し、不思議な和洋折衷感のあるカフェでボーっと、鳥や虫の声を聴きながらお茶をする。そんな時間を提供できる、憩いの場としていきたいです。

 

未公開の母屋内。ここをカフェにしたいと考えています

 

このプロジェクトは、この先もずっと続いていくものになります。種を植え、収穫し、また土地を耕して種を植えていく。地道な作業ですが、この茅葺屋根を守っていくために、私たちは続けていきます。

 

この活動に、みなさまの力を貸していただけませんか?みなさまの応援・ご支援を心からお願い申し上げます。

 

茅葺屋根と里山風景

 

2010年

 

ゲルト・クナッパー(1943年ー2012年)


1943年にドイツで生まれ、日本の陶芸を学ぶため、1967年来日。瀬戸の鈴木清々、加藤唐九郎を訪ね、イギリスの陶芸家バーナード・リーチの紹介で栃木県益子町に移り住む。濱田庄司や島岡達三の師事を受け益子町に窯を造り、1971年毎日新聞社主催第一回日本陶芸展で最優秀作品賞・文部大臣賞を受賞、日本へ定住する覚悟を決めた。1975年お客様から茨城県大子町の廃屋の古民家を紹介され、移住。古民家を自ら修繕しつづけながら芸術活動を続けた。

その後も、日本現代工芸展・内閣総理大臣賞受賞、ドイツ連邦共和国功労勲章・功労十字勲章、NHK地域放送文化賞、茨城県文化の振興・功労賞、日独交流150周年・日独友好賞などを受賞。

ゲルト・クナッパーの代表作『太陽』

 

 


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