なるほど、と思うのです。私は生粋の日本人であるだけに、ここはやはり、忘れがちな盲点かと気付かされたのです。

 

海外に出てみると、誰しもカルチャーショックにぶち当たるわけですが、その中でも大きな1つがこれではないでしょうか。

 

なんでもいいんです、端的にこれを解説しますと、

 

「へ?そんな態度でいいの?こっちはお金出してる客だよ?」

 

とゆうやつです。こちらがそんな態度をとってしまうとますます泥沼化していくのは、売り手と買い手の相対関係に対する考え方の違いではないでしょうか。

 

つまり、日本人の中には、

 

売り手 < 買い手

 

という図が無意識のうちに出来ているのだろうという考え。もっとわかり易くいうと、

 

お店 < お客

 

という構図の方がわかり易いかもしれない。「お客様は神様」とかいう迷言が日本にはあることを考えると、この構図があるのはある意味自然かもしれません。

 

私も、実は以前までは「お客様は神様」だと思っていました。でも、モノ作りの世界に携わることになってそれは違うことを知りました。賛否両論はあろうけど、少なくとも、僕の中ではお客様は「神様」などでは、ない。お客様はあくまで「お客様」なのである、誤解を恐れずに言うと、お客様も「人」なのである。

 

だから、お客様の言うことがすべて正しいわけではありません。

 

売り手 < 買い手

 

の構図だと、或いは売り手側の人権すら時として危うくなります。

 

だからと言って、

 

売り手 > 買い手

 

でもよろしくないはずです。一部の例外はあるとしても、一般論としてでのお話をしています。

 

では、理想はやっぱり、

 

売り手 = 買い手

 

という構図なのでありましょうか。それを、改めて気付かされたのであります。お客がお店を選ぶ権利があるのと同時に、お店もお客を選ぶ権利があるのでは、とゆう、よくある話に繋がるわけです。

 

 

よくある話ですよね、自分でも書いてて恥ずかしくなるくらいによくある話。でも、それでも改めて気付かされるのは、私が日本人なのだからでしょう。ということはですよ、日本にいる日本人のみなさんは尚さらのことなのでは、と思ったりするのです。

 

だから何なのだ、とゆうわけではないんですけど、少なくともこれに気付かされた私は、お店にいってもいよいよ謙虚でいようと思うのでした。「自分はお金出してる客なんだから」という驕りを一切捨て、だからといって決して自分を蔑むわけでもなく、あくまでお店とは対等の立場として振る舞うことが僕の思うところの粋な振る舞いなのであります。

 

だからといって、お店側もただ対等にいるだけではダメ、というか、それだけではよっぽど何か別の、時代の流れに乗る何かがないと、生き残れないと思ったりもします。

 

そこで必要になってくるのがおもてなしの心なのでしょう。ホスト側にいる売り手(それが物であってもサービスであっても)は決して媚びを売るのではなくあくまで対等の立ち位置にいて、且つおもてなしの心をもってお客をお迎えする。こうした相対関係がもっとも美しい、スマートな構図だな、と思うのであります。

 

そして、お客はその対価に満足して納得して、自らお金を支払う。

 

日本人のストイックな感覚は嫌いじゃないんですが、かたやお客側に立った感覚に関して言うと、時として世界から取り残されていることもあるので、国際人を目指す私にとっては、特に考えさせられるポイントなのでした。

 

今回は、おもてなしの次の段階の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

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