いよいよ、クラウド・ファンディング終了まで4日となりました。

 

この仕事以外にも、いろいろと動き回っているワタクシは、日曜日(12月3日)東京におりました。

そして、「ナラティヴ・セラピー」の講座を受けていました。人が人と話をすること、そして、それが対話になるとはどういうことなのかを、しばし考えたくなるような講座でした。

 

このセラピーの創始者(の一人というのが正確かも知れませんが)である、トム・アンデルセンさんが説明に描いていたという、ごく簡単な絵を、講座の資料から写真に起こしたのが以下です。

ナラティヴ

携帯で撮ったので、少しゆがんでいますね。御容赦ください。

メモ的な簡素な絵なのに、なんだか深いものを感じさせます。話し声が矢印になって、自分の耳に入り、体を通って相手の目にも届く。もちろん話し声は同時に、相手の耳にも届いており、目の情報と耳の情報が相手の体の中を通る。

図にはありませんが、その相手の体の反応を話している側も見ているわけですよね。

話し手と聞き手が入れ代わったとき、ちょうどこの逆のプロセスも生ずる――というより、相互かつ同時にこのぐるぐるした回路が回っていく――そのようなイメージが瞬時に伝わる素描です。

 

ピアサポーターと一緒に仕事するときにも、これが起こるのだと思います。また、このクラウド・ファンディングで企画している茶話会が行われている正にそのとき、参加した人々の間では、おそらくこのような流れがぐるぐる相互に回っているのだと思います。(そうありたい、という気持ちも含めて)

 

しかし、大声でどなりあって(音としての声は聞えても)その言わんとすることが、耳にも体にも入って行かないときには、絵のような流れは生じないでしょう。また、人としての理解を遮断する何か――人間同士が分断されるような諸条件――があっても、やはり流れは生まれません。

 

実はこの文章に、特別な結論があるわけではないのですが、一緒にお茶を飲むこと(茶話会を共にすること)には、些細であっても何かが生まれる機会があるのではなかろうかと思っています。

 

漠然としていますが、そんなことをつらつら考えながら、あと4日間よろしくお願いします。

 

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