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仙台で広報しているが、行先悉く全敗である。話すら聞いてもらえない。こういうときってやっぱり気が滅入る。

仕方がない。こういうときは日々のルーティンをこなすに限る。ジムで体を動かし、資料などを準備しながら、次の戦略を練る。



整理している中から、おびただしい感想文が出てきた。大学時代、ボクの試写会に来てくれた学生や教授たちが書いてくれたものである。

撮影から帰ってくると教授や友人に素材を見せ、コメントを貰っていた。そしてお金を貯めてはまた撮影に出かける。その繰り返しだった。ある程度素材が溜まったら、編集して大講義室で試写して、来てくれた教授や学生たちに感想(批評)を書いてもらった。

今思い出すと、最初の試写会は悲惨だった。物語と自分を完全に切り離せず、エンタメとしての体を成していなかった。そもそも編集が間に合わず、半分しか上映できなかった。



あの時の孤独と今が被る……。

結局どこ行っても常にフロンティアなのだ。好奇心が故に踏み込んでしまった未知の領域は、代償として必ず孤独が付き纏う。

でも作品と格闘しているときは、孤独を忘れられた。
意識が作品に落ちていくにつれ、自も他も無くなり、対象物とふわっと被さる意識があるだけだ。伝わらないかもしれないけれど、言葉にするとそんな感じである。



試写会を何度か繰り返すうちに、評価も上々になってきた。認められ始めて嬉しい気持ちもあったけれど、それ以上にボクのイメージへ近づいていることへの、安堵感の方が大きかった。
100%とはもちろん程遠いけれど、段階的にイメージに近づいている。(今は7割くらい。)



ここ数日行っていることは、営業というは言うまでもなく映画制作とは全く別なチャンネルである。
現に出会う大人達に、度々就活セミナー(マナー講座でもいい)を開かれるザマである。

でもやる人がいない以上、ボクがやるしかない。せっかくやるなら派手にやろう。仙台がダメなら世界だ。一般論としてチャンスは至るところに落ちてるはずだから。


その為にはどこか遠くに行ってしまった意識に帰ってきて貰うしかない。孤独を追い払い、「今」に戻るためにも。


また更新します。

角田龍一
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