シャルルドゴールでPC爆弾事件で1時間以上足止めされながらもドミニック先生や仲間と会えた。

 

英語も片言、フランス語の会話は皆無の私。レスキュークリームで落ち着きを取り戻し、色々遭っても冷静になれれば行けるはずと思えたからだろうか・・・。

「ターミナルで暮らすことになってたかも・・・って信じられない」と後で知って血の気が引いた。

その便に乗れなかったら次は1週間後しか無かったと聞かされたのはレ・ユニオンに着いてから💛知らぬが仏。

 

ドミニック先生のご友人の民俗学博士のロハンス先生は旅程の殆どを同行して、その場その場の専門家の方との時間を準備して下さっていた。

 

私たちはペンを休める暇などないほど植物に触れながら、民俗学的な植物との繋がりや人への伝わり方、今尚息づく知恵の話を余すところなく伝えて貰っていた。

 

それは通常の旅にはあり得ないような充実の時だったと思う。

 

例えば「悩みナシの森」へ入り心地よいミストを浴びながらのフィールドワーク。

国立公園勤務しながら大学で学んだロハンス先生の優秀な教え子。

好青年のご案内で植物と民俗学を学びながらメモメモ・・・。レ・ユニオンの歴史、他民族の国で多様性のある社会、自然に残る民族療法やサードオピニオンの話。

 

美しいが昔と変わり、今はサメが回遊する危険な海。海抜0m~4000mの原始の残る山々、休火山の温泉跡。虫が居なくなった畑や人間が入ったことで増えた外来種の話。

 

その中には日本の杉もあった。初めは資材として植栽されたのだが、気候が暖かい場所では硬度が足りず、今は質の高い精油として珍重されていた。

 

アフリカの隣のマダガスカルの隣の小さな島国とそんな風に繋がっていたのがとても神妙に思えた。

 

ベチバー蒸留をしている組合ではメディカルハーブのレクチャーも含みお土産も充実していたが、得た情報は精油を採取する目的だけのベチバーの存在だった。

 

寺院を訪ね、神と植物の繋がりをとても丁寧に神話も含めて聴くことが出来たのだが、今伝わるこの話の数々はインドから流れてきた者が作り上げたものなのだと云われ、そこにはアーユルヴェーダの文化としてのベチバーの存在は無かった。

 

自然農法・パーマカルチャーの伝道師のような自然療法士フランソワさんに会えたのは格別の思い出となっている。

畑を歩きながら20種近くのハーブの葉や茎、その実を食べさせながら説明してくれる。それは身体で感じ取った学び。

 

蒸留器は畑の中で屋根がないので雨が降ったらどうするのか聞くと「雨が降ったら蒸留しないから問題ない」とかえってくる。

 

ランチ時間はとっくに過ぎていたのに何だか、空腹が満たされていた。

自然の生み出す力は尊い。

 

お土産に戴いたオリジナルシロップは今も不調の時に一滴戴く大切なものとなった。

その話し方、育て方、集まる人々への伝え方が自然への愛に満ちていた。

夜の市場、集まる人たちは自然療法士フランソワさんを訪ねて列をなす。

 

また行きたい場所レ・ユニオン・・・・つづく

レ・ユニオンのベチバー

 

 

 

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