2005年までの私は、

インターネットでハンドメイドの子供服販売をしていました。

 

 

ミシンは独学で、技術が高くなかったので、

パタンナーさんや縫い子さんを数名抱えており、

フォーマルドレスのレンタルも始め、

実店舗を出す予定で、人生の計画設計は順調に

進んでいる…そんな風に思っていましたが…

 

ある日、子供達と遊びに行ったフリーマーケットで、

児玉小枝さんの写真展を見てしまいました。

 

 

「見てしまった」というのは、

私があえて避けていた犬猫達の現実だったから…。

 

薄々と感じていたんです。

知ってしまった時に、

自分が自分でなくなってしまうだろうなと…

だから、現実から背を向けてきました。

知らないままでいたいと思っていたのです。

変わってしまう自分が怖かったのです。

 

児玉小枝さんの写真展ブースを避けようとしたときに、

当時小学校3年の次女が、

「ママ、犬の写真があるよ!見に行きたい!」

次女に手を引かれ、

写真展のブースに入ってしまいました。

 

今は亡き、檻越しの犬猫達の写真を見て、

涙を抑えることが出来ませんでした。

自分に何が出来るんだろう…

そう考えながら、インターネット検索の毎日でした。

 

自分に何が出来るんだろう…

そのとき出した答えは、

管理所から殺処分になる犬を1匹貰おう!

でした。

 

2006年4月に、初めて管理所に行き、

通路の檻に入ってた1匹の子犬を引き取りました。

 

そのとき、私は犬舎に入ることが出来ませんでした。

現実を見る事がまだ怖かったのです。

 

 

家族として迎え入れたモモ。

 

 

自分の中で、これで終わりになる予定でしたが…

 

モモが楽しそうにすればするほど、

安心して眠ってるモモを見るたびに、

あの日、モモと一緒に収容された犬達は、

もうこの世には存在していないんだ…

そう思う日々でした。

 

今でも忘れられない2006年5月30日、

管理所の慰霊碑に手を合わせたいと思い立ち、

管理所に向かいました。

そして、初めて管理所の犬舎に入ったのです。

 

そこは・・・

「地獄」というのが最初の感想でした。

 

 

「自分に何が出来るんだろう…」

と、管理所から1匹の犬を家族に迎え入れた事。

それが答えではない事に気付きました。

それで終わらせてはいけないと思いました。

 

2006年6月1日、

収容されている犬達の写真を

ブログに掲載して飼い主探しをしたいと、

宮崎県中央保健所と交渉し、

無事、立ち入り許可が下りました。

 

 

「事業を成功させて裕福な生活」

「美容に一切手を抜かない」

30代でひとつずつ歩み進めてきた人生設計は、

全てリセットされたんだと思います。

 

2006年の6月1日、この日から…。

 

ボロボロな髪と肌、ガサガサな短い爪

ボロボロな服、ボロボロの車、

無収入で、名ばかりの専業主婦…

自分が想像してた10年後の私は、

今、どこにもありません。

そんな女性にはなりたくないと思ってた47歳が、

今、鏡の中にいます。

 

 

時々、この人生の選択は正しかったのだろうかと、

悩み、切なく、悲しくなることも正直ありますが、

もし、もしも、

この世に生まれたきた理由が

一人一人、1匹1匹にあるのならば、

これが私の生まれて来た理由なんだろうなと

思うようにしました。

 

だからこそ、もっと早くにこの現実と

向き合えばよかったと、後悔しています。

 

 

「辛い思いを抱えたまま最期を迎えて欲しくない」

その思いでスタートした保護活動は、

もっと深い意味まで自分を追求していき、

老犬ホスピスの次に、老犬デイサービスへと

辿り着きました。

 

残り37日となりましたが、

賛同して下さった皆様には、

本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

最後まで諦めずに頑張ります。

 

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