皆様、大変お世話になっております。

近未来教育変革研究所の藤井です。

 

「何度も同じ指導を繰り返しているのに、ちっとも生徒に改善が見られない」

 

時々、こんなご相談を受けることがあります。

こうした内容でのご相談者には、ある共通点があります。

それは、この一言もセットでついてくるということです。

 

「私は教師としての資質に欠けているのでしょうか」

いえいえ、それは考えすぎというものです。

 

 

資質に欠けているという見解はまったく当たらないと思います。

むしろ、あまりにも教師として振舞いすぎているのでは?

 

正しいことを「正しいことだから守りなさい」と言われても・・・

子どもたちには理解されにくいものです。

なぜなら、「なぜそれが正しいのか」がわからないから。

 

結果に原因があるように、行動にはそれを引き起こす思考があります。

つまりフォーカスするべきはその行動ではなく、物事の考え方です。

正しいことと正しくないことの区別を考えてもらう必要がありますね。

 

 

大人でさえも、納得できないことは行動に移せないものです。

だとしたら、どうすれば納得できる思考になるかが大切です。

考察の時間と素材を提供し、こう信じて判断を預けましょう。

 

「彼らは必ず正しい判断を導き出してくれる」

 

私は教員時代、クラスの教室にスローガンを掲示していました。

その紙にはたった一言、『自治』と書いておきました。

くどくどと守るべきルールや条件は提示しません。

 

「私がいない時にこそ、君たちの手でクラスを守ってほしい」

「担任がいなけりゃクラスを守れないなんて、恥ずかしいよね」

笑顔でそう伝えて、生徒たちにクラスの自治を委託していたのです。

 

 

もちろん、クラス管理をただ丸投げしたわけではありません。

常に目を光らせて、トラブルの芽の早期発見に努めていました。

 

ただし私が直接介入することは極力ひかえました。

できるだけ生徒同士・生徒間での解決を模索してもらっていたのです。

それでも生徒たちの結論に「まずい判断だ」と感じたことはありません。

 

信じて預ける姿勢を明確にすれば、彼らはそれに応えようとしてくれます。

共にクラスを作るパートナーとして振舞えば、意図を理解してくれるのです。

 

 

「あまりにも教師として振舞いすぎている」

そうした先生は子どもたちとの距離をなかなか詰められず悩みます。

 

この点において『思考の転換』が必要です。

「教え続けなければならない状態は、教えが活きていない証拠である」

制御しすぎてしまい、思考を促す教えになっていないということです。

 

教育のゴールは「教育しなくても済む状態になってもらうこと」です。

狭い柵の中に囲い込んで、あれやこれやと指導し続けることではありません。

 

「いかにして彼らを手放していくか」を、常々、考えておくべきなのです。

 

 

行動を改めさせるには、思考を改めさせなければなりません。

そして、その思考の中で、納得する瞬間を作らせなければなりません。

「正しくないことは、なぜ正しくないのか?」と。

 

因果応報・自業自得の概念は、自ら悟る過程の中からしか生まれないもの。

思考の転換により、見えなかったプロセスを発見できることがあります。

私はカウンセリングやコーチングを通してこうした気付きを広めています。

 

かかわった先生方からは、うれしい言葉もいただいています。

「おかげで子どもたちとの信頼関係を取り戻すことができました!」

この言葉を聞くたび、私は深い安堵とじんわりとした喜びを感じるのです。

 

 

 

近未来教育変革研究所

藤井秀一

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