虫も本を読む。本の虫というやつでしょうかねぇ。

 

最近、『生きていく絵 アートが人を〈癒す〉とき』荒井祐樹(亜紀書房)を読みました。

すごく大事なことが書かれている本でした。

ちょっと長いですが引用しますね。

 

「(社会を変えていくための)議論をする際、「生活保護受給者数」「自治体別の待機児童数」「原発事故を原因とした避難者数」「年間自殺者数」といった形で、人間を数字に還元し、データ化することが必要性の問題として生じてしまう」

 

「「深刻な社会問題について考える」ということは、これらの数字やデータについて考えることだと錯覚してしまいます。また人間が数字化されデータ化されるとき、どうしても「一人ひとりの個別の事情」というものは捨て去られ、個々人の心や感情の問題というものは検討するに値しない雑音のように受け取られてしまいます。しかしながら、実際に制度、政策、法律、のなかを生き、その生きやすさや生きにくさに一喜一憂するのは、それぞれに「個別の事情」を抱えた「一人ひとり」なのです。」

 

「一言に「三五万」(※日本の精神科病床数)と言ってしまえば、それは無味乾燥な統計上の数字になってしまいますが、当然ながら、そこには一人ひとりの大切な人生があり、一人ひとりのドラマがあります。実際に入院している人にとって見れば、自分の人生は決して「三五万分の一」ではありません。それ自体、ほかとは比べることなどできない、かけがえのない、絶対的な「一」なのです。」

 

「この絶対的な「一」の重みは、数字やグラフに表すことができません。一人ひとりの想像力と感受性で推しはかるしかないものです。
一人ひとりの想像力と感受性に働きかけて、かけがえのない「一」の重みや大切さを伝えること。その「一」の傷つきや苦しみに対する想像力や感受性を、いわば「社会資源」にまで育てていくこと。そこにこそ、アートの存在意義があるのかもしれません。」

 

自分の仕事に引きつけて言うと、「一」というのは、一冊一冊の本のことです。どんな本であれ、そこには一冊一冊の本と一人ひとりのドラマがあります。「まちの本屋」というのは、この「一」を大切にしていく、守っていく本屋なのかもしれません。百年もそういう本屋でありたいなと思います。

 

この「一」を写真集『本と本を読む人』で表現したいと思います。「本」の存在意義を問うような、一人ひとりにとってかけがえのないような写真集をつくりたいです。

 

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