元車イス芸人で、車イスホストで、ヘルプッシュ 車イスヒッチハイカーの寺田ユースケです。

生まれつきの脳性まひで歩くことが不自由でネガティブだった僕は、20歳の時に『車イス』と出会い、それはまるで、かぼちゃの馬車のようで、僕をポジティブにしてくれました。

その時から、7年程経ちます。
僕は生まれ変わったように、車イスで単身イギリス留学、車イス芸人、車イスホスト、車イスヒッチハイカーと様々な挑戦をしてきました。


今回、僕にどのような応援メッセージが送れるだろうかと考えました。

そこでひとつ、ずっと引っかかっている僕の過去の過ちを書かせていただきたいと思います。

4年前、大学を卒業してすぐにお笑い芸人になった僕は、名古屋の母校で初めて講演会の機会をいただきました。

母校は男子校です。
講演会の実績もなく、お笑い芸人としても駆け出しだった僕は、とにかく目先の笑いを取ることで頭がいっぱいでした。

壇上に立ち500名ほどいる生徒の前で、
「皆さん、こんにちは!車イス芸人の寺田ユースケです!」
「男子校、、男子ばかりですね!」
「みなさんは、女の子が好きですか?好きな人は手をあげてください!」
(三分の一くらい手が上がる)
「ほぉ〜。じゃあ、残りのみんなは男の子が好きということで良いですか?」
(会場に笑いが起こる)
この時の僕は、笑いを取れ無事に会場の雰囲気を掴めたとホッとしました。

あれから4年が経った今、僕は、僕がとても恥ずかしいです。
今では、LGBTの友が出来て、LGBTのことを知りました。本当に後悔しています。

あの会場で傷つけてしまった生徒がいるかもしれない。何の知識も無い僕が取ろうとした目先の笑いのせいで、苦しい思いをした生徒がいるかもしれないと思うと、今でもこの出来事は忘れられません。


その後、お笑い芸人を挫折し、歌舞伎町のホストとなりました。
実際にホストクラブで働いて、
「『障がい者=ネガティブ』と一括りにしないで欲しい!ひとりひとりをみて欲しい!」と言っている僕が、
「ホスト=女性を騙すような人たち」とホストの皆さんを一括りにしてしまい、差別をされたくない僕が、無知が故に無意識に差別をしてしまい、誰かの笑顔を奪ってしまっていることに気づかせてもらいました。

「知る」ことから差別はなくなる。ということを僕が働いていたホストクラブ Smappa!Group APiTSの皆さんたちに教えていただきました。

この4年間、さまざまな人に出会い、この過ちに気が付かせてくれる環境に身を置かせてもらっていなければ、もっとたくさんの人を傷つけてしまうところでした。

僕は、お笑い芸人の道を諦めた今でも、お笑いが大好きです。
自分の人生で、挑戦を通して、誰かに笑顔になってもらえるなんて、とてもとても嬉しいことだと思います。
過去の自分の過ちをしっかりと受け入れ、子どもからお年寄りまで、すべての人に笑ってもらえる人間になれるよう頑張ります。

とはいえ僕自身、まだまだ知らないことがたくさんあります。僕も「知る」努力をしていくので、まだ「知らない」皆様の手に届き、この映画をキッカケに「知る」ことを始めてくれたら嬉しいです。

そして、今の社会に生きづらさを感じている人が1人でも多く、生きやすい世の中になればいいと思います。

寺田ユースケ

 




『車イス押してくれませんか?日本全国 車イスヒッチハイクの旅』
日本全国の道行く方々に「車イス押してくれませんか?」と声をかけて進みます!身体が自由に動く今しかない!僕を観て欲しい!笑顔になって欲しい!この旅の中に、気軽に助け合える社会になるヒントもきっとあるはず。 YouTube「寺田家TV」で、旅を共有します!

昨年、2017年に始めた HELPとPUSHでHELPUSH。すべての人が気軽に「助けて」と言えて、気軽に「助けて」と言える世の中に。ヘルプッシュ 車イスヒッチハイクの旅をパワーアップさせます!

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