プロジェクト概要

 

石職人とともに生きたまち。「札幌軟石」の歴史を伝え、未来へ残したい。

 

ページをご覧いただき、ありがとうございます。ぽすとかん再生委員会です。私たちは現在、札幌市南区に暮らし、活動を行なっています。そんな私たちは、一度北海道を離れて戻ってきた者や外から移り住んだ移住者の集まりです。

 

北海道に戻り、再び暮らし始めたことで、自分たちの故郷を改めて見直し、これまで知らなかったもの、誇れるものが地域に眠っていることに改めて気づきました。

 

北海道には古くから残る、石造りの倉庫や建物が多くあります。そんな歴史的建物のルーツを調べていくと、わが街「石山地区」で、切り出された石から生まれてきたものだということを知りました。

 

地元の歴史を知れば知るほど、それを発信し、未来に伝えていくことの重要性を感じ、そのシンボルとも言える石山地区に残された、通称「ぽすとかん」と呼ばれる建物を再生し、街のシンボルとして、新たな拠点へと育てたい、そんな想いで、この取り組みがスタートしました。

 

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壁に飾られた郵便のマークがかつての名残を感じさせます

 

 

地区の名前の由来を知る人が減っていく……。

このままでは「軟石」の歴史が忘れられてしまう。

 

北海道開拓の時代、木造の家屋や倉庫は、冬の寒さと火事に悩まされていました。明治政府の北海道開拓使は、お雇い外国人のアドバイスにより、加工しやすく耐熱性も高い「軟石」を建築に使い、住宅や倉庫を造ることにしたのです。

 

軟石の建物は食料の貯蔵にはうってつけで、今でも当時建てられた軟石造りの倉庫を道内各地に見ることができます。かつては道内にもたくさんの採石場がありましたが、その中でも現在の札幌市南区石山地区は、地名にも残るように、軟石の一大産地でした。

 

かつての採石場の様子:
軟石は火山の噴火による火砕流が冷えて固まってできたもので、
火山のあるところにはどこにでも見られるものです。
札幌軟石は約4万年前の火山の大噴火による火砕流で作られました。
その火山の跡が現在の支笏湖(しこつこ)です。

 

石山地区には全国から多くの石工さんたちが集まり、日々軟石を切り出していたのです。石を運ぶために、道路や馬車鉄道が整備されました。馬車鉄道は今は路面電車に、石を運ぶためににぎわった道は今は国道230号通称「石山通り」としてその名を留めています。

 

時代が進み、1950(昭和25)年に建築基準法が定められ、コンクリートによる建築が主流になると、徐々に軟石を建材として使うことは少なくなっていきます。また、周辺の宅地化も進み、採石場の音や埃が公害問題ともなり、石造りの建物の耐震性の弱さの問題も加わり、建築材としての用途は大きく減りました。

 

 

しかし、その後「札幌軟石」は、その落ち着いたグレーの中に点在する白い粒模様が独特の雰囲気を作り、もっぱら装飾材として活用されるようになりました。現在、軟石の採石場は北海道では南区石山地区にある1社を残すのみとなりましたが、装飾材としての人気は衰えることなく、札幌の新築のビルや店舗には多く使われています。

 

また、札幌軟石を利用した小物、雑貨も札幌のおみやげとして人気の商品となっています。道外でも東京・新橋にある鉄道発祥の地を記念して再現された、旧新橋停車場の建物の壁面に札幌軟石が使われています。

 

これまでも「軟石」の歴史を残すために、さまざまな人たちが活動してきました。地元では、軟石の採掘場跡にできた公園で、薪能やキャンドルナイトを行うなど、軟石と石山地区をPRする催しが行われました。そのおかげで知名度も高まり、新しくできたお店の内装に使われるなど、その軟らかな風合いが再評価されるようになりました。

 

しかし、「軟石」とはどんなものなのか、どんな歴史があるのか、もっと知りたい、実際に見てみたい、というニーズに応えられる施設はありませんでした。これと合わせて、この地域は、札幌で最も高齢化率が進んでいて、南区の統計ではすでに高齢人口は30%を超えています。これからどんどん、その歴史を知る人が減っていってしまうという課題も抱えています。

 

北海道命名150年となった今、地元の人さえ忘れている軟石の歴史を知り、残していくことで、開拓の歴史を支えた軟石の歴史と資源としての有用性を再評価することで、地域の誇りを醸成したい、そして、「札幌軟石」のルーツである札幌市南区石山地区で、軟石を未来に伝える拠点を作りたい、そんな想いから、この仲間たちが集まり、プロジェクトがスタートしました。

 

 

 

取り壊しの危機。住民の強い要望で残されたこの場所を、新たな拠点へ。

 

札幌市南区石山地区は、札幌市内でも高齢化が進んでいるところです。「え、石山?何があるの?」と言われるような地域です。そんな地域の中で、旧石山郵便局(通称ぽすとかん)は、1940年に完成した札幌軟石を使った建物で、多くの石工さんが住んでいた石山地区のシンボル的な建物でした。軟石を使った多くの建物がこの地域にはありましたが、道路拡幅のため取り壊されたものも多く、ぽすとかんは当時のままの姿を残す数少ない建物の一つです。

 

石山のかつての様子

 

この建物もあわや取り壊しという寸前までいきました。しかし、地元の人たちからの「何とか残して欲しい」という強い要望で、所有者も保存に合意、曳き屋され、今の場所に移った経緯があります。

 

所有者の祖父が初代の郵便局長。郵便局として使われなくなり、曳き家されたあとは貸しスペースとして使われていましたが、活用の幅を広げていくためには、修繕・改修が必要な状態です。このプロジェクトでは、この建物をさらに有効活用するため、常設のミュージアムギャラリーとカフェを作り、いつでも人が立ち寄れ、軟石の今と昔に触れられる場所とします。

 

石山郵便局の初代局長一家

 

 

札幌軟石の歴史を伝えるミュージアムギャラリー&カフェに生まれ変わる。

 

建物内部を、ギャラリーやカフェ、販売所として使えるように、一部の壁を撤去したり、水道、ガス、電気、トイレ等を改修します。内部に2階に通じる階段がありますが、お年寄りや子供の転落を防止するための手すりや壁等の安全対策を施します。

 

2階の壁面は、軟石の歴史を知るディスプレーとし、古い写真を再生し額装して展示します。また軟石の外壁の傷んだ場所を修復します。日没後もこの地域のシンボルとなるランドマークとして目立つよう、建物のライトアップ装置を取り付けます。駐車場を確保するために、建物前部に駐車スペースを作ります。

 

◆スケジュール

2018年11月中旬:改修工事開始

2019年2月:改修工事終了

2019年3月下旬:ギャラリーをプレオープン

2019年4月下旬:カフェや販売所もオープン

 

◆拠点が担う役割

 ・軟石の歴史を伝えるギャラリー

 ・北海道の食材を提供するカフェ

 ・南区の観光案内所的役割

 ・夜は貸スペースとして音楽会等に利用

 ・石山緑地ハイキング、軟石まち歩きの基点

 

「あの建物はなんだろう?」と思ってもらえるように、建物前の植栽やサイン計画も行い、人々がここを目的に訪れ、ゆったりとした時間を過ごし、軟石や南区に対するポジティブなイメージを抱くきっかけとなる場所としたいと考えてます。また、地元の人たちにとっても、この場所に集い、地域の歴史と未来を考える場所として機能していくことを目指します。

 

 

 

現代の"通行屋"。

地域にとっても、観光客にとってもよりどころとなる場所へ。

 

かつて、北海道内の各地には、北海道開拓使が設置した旅人の休憩所のようなものがありました。旅人は、この"通行屋"に立ち寄り、旅の疲れを癒すとともに、その土地、土地を楽しんでいきました。ぽすとかんは、そんな場所を目指していきたいと考えています。

 

石山地区は、石山緑地と呼ばれる軟石の採石場の跡地にできたアート作品、ぽすとかんとその前には、旧定山渓鉄道の駅舎として唯一残る旧・石切山駅の建物など、軟石をキーワードとした観光地としての可能性を秘めています。拠点ができることによって、まち全体をギャラリーのように回っていただける仕組みができてくると思います。

 

この「軟石」をキーワードに、これを観光資源として見直し、地域に活気を取り戻すすべく、街を訪れてくださった方々には、単なる観光地として名所を巡っていただくだけではなく、都会でも田舎でもない、ゆるやかで優しい、サスティナブルな暮らし方、楽しみ方を、街めぐりを通して、感じていただきたいです。そしてぜひ、地域の方々には、そんなライフスタイルの発信者として、一緒にぽすとかんを育てていっていただけると嬉しい限りです。

 

こういった取り組みを積み重ねていくことで、石山地区ひいては札幌市南区を、訪れてみたい地域、若い世代が住みたいと思う地域に育てていきたいと思っています。高齢化が進む中でも、地域に暮らす、元気でおせっかいな(笑)人たちが、訪れた人をもてなし、活躍できる場所を作っていきたいと考えています。

 

このプロジェクトは、そんなまちづくりへの新たなスタートです。ぜひ石山地区の新たなスタートへ、後押しをよろしくお願いいたします

 

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応援よろしくお願いいたします!

 

 

ー資金の使い道

 

今回ご支援いただきました費用は、ぽすとかんを安全に快適に運営していくための改修費用の一部として活用させていただきます。

 

 

ーメンバー紹介

 

●岩本憲和

 

ぽすとかんは私が父から譲り受けた建物です。ぽすとかんの名前はこの建物が昔郵便局として使われていたことから来ています。そのころ子供だった私は、記念切手の発売日には小さな局から人があふれて並んでいたのを思い出します。向かいには旧定山渓鉄道の石切山駅があり、石山の中心としてこの界隈はとても活気がありました。今も残るこの建物を、人々の集まる場として活用し、いろいろな活動の集まりの場、語らいの場として未来に残していけたらと考えています。

 

●吉村卓也


埼玉県出身です。札幌に住んで22年になりました。先人たちの努力を無駄にせず、かつて人々が集まり、情報発信の場であったこの建物を、今度は私たちの手で未来に残す方法を考えたいと思います。今なら今のやり方で、人がこの場所をめがけてやって来るものにできるはず、と思います。公共のものとして次の世代に受け継がれる仕組みを作っていきたいと思います。

 

私はメンバーの中では唯一の道外出身者ですが、「よそ者」として扱われた記憶もなく、いっしょに何かをやろうとするものはすべて「仲間」として受け入れてくれるのは北海道のすばらしいところです。そして、ぽすとかんを支援して下さるみなさまもその「仲間」です。遠方にいらっしゃる方も、心はつながっています。ぜひいつの日か、新しい「場」となったぽすとかんを訪れてください。古きを知り、未来につなげる、そんな生活のスタイルをぜひ一緒に考えて行きましょう。

 

●小原恵

 

もともと軟石が好きな小学生でした。縁あって、大好きな軟石を仕事にさせていただいています。現在「軟石や」という軟石を使った小物を作るショップをやっています。石山でお店を開いて3年、そのあいだに、道外や海外からも軟石を見にお客さんが足を運んで下さり、これは、軟石の魅力が小さなものではないと、世界中に発信してもいいのではないかという予感がしています。よくある観光地と違い、初めて会った人にも気軽に話しかける、道案内をどんどんする、そんな石山の「おせっかい感」を活かした面白い観光地にしたいと思います。親しみを持てる昭和な町なんです。

 

●植田亜紀

 

現在、石山で「ニシクルカフェ」という小さなカフェをやってます。改修後の「ぽすとかん」内で、新たにニシクルカフェをさせていただく予定です。 ぽすとかんは、現在のお店のすぐ側にあり毎日のように目にする建物でありました。 ぽすとかんをギャラリーやカフェとして新しく生まれ変わらせることで、今までニシクルカフェを利用してくれたお客様にも、さらにステキな空間を提供でき、新たなお客様にも貴重な札幌軟石の建物や歴史を知っていただけると信じています。 ぽすとかんの一角で、居心地の良い空間を作りたいと思っています。

 


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