プロジェクト概要

目標金額への達成のお礼
 

この度、皆さまからの応援・ご支援のおかげで、6月14日に無事【目標金額500万円】に到達することができました!ご支援してくださった皆さま、本当にありがとうございます。
 

初めてのクラウドファンディングということもあり、最初は「本当にご支援いただけるのだろうか…」と不安な気持ちでいっぱいでしたが、インターネットからだけでなく、当館へ直接多くのお問い合わせをいただき、たくさんの方が心配し、見守ってくださっていることを日々感じておりました。

皆さまの想いをしっかり受け止め、必ず素敵な庭園にしてまいります。

 

募集は6月28日(金)まで続いております。500万円には到達いたしましたが、さらなるご支援をいただくことができれば、第2期・第3期の工事をより充実させることができます。

度重なるご支援のお願いで恐縮ではございますが、最終日まで何卒よろしくお願いいたします。

 

6月14日追記
笠間日動美術館館長 長谷川 徳七

 

大路魯山人が晩年を過ごした茅葺屋根の民家。
1100坪の庭園を改修し、永く、守り続けていきたい。

 

はじめまして。笠間日動美術館 館長の長谷川 徳七と申します。

当館は1972年、私の父である日動画廊創業者・長谷川仁によって、郷里の茨城県笠間市に開館しました。

 

笠間日動美術館には、ピカソやシャガール、藤田嗣治をはじめ、国内外の著名画家の展覧会を開催する企画展示館、印象派からエコール・ド・パリのフランス美術を中心に常設するフランス館、画家が愛用したパレットを常時約200点を展示するパレット館や、具象彫刻約20体をご覧いただける野外彫刻庭園があります。

 

また、分館の「春風萬里荘(しゅんぷうばんりそう)」は、大正から昭和にかけて活躍した芸術家の北大路魯山人(きたおおじ・ろさんじん)が北鎌倉で暮らしていた住居を移築したもので、魯山人が過ごした住居としては、国内で唯一残る建物です。

 

笠間日動美術館開館と同時に一般公開された「春風萬里荘」

 

敷地内には、約1100坪の広大な庭園があり、桜、梅、つつじ、もみじ、花菖蒲をはじめ、それぞれの趣の花々が1年中咲き誇り、訪れる者の心をひとしお和ませます。


そんな中、移築から半世紀が経過。歳月とともに庭園の花木は老い、木製の枕木や池の護岸が朽ち、また、地盤の変化でお客様の回遊路に危険な箇所も出てまいりました。

 

この先もこの貴重な建物、そして庭園を残し、守り続けていくために、今回のプロジェクトでは、庭園の改修工事を行います。
 

しかし、改修工事には全体で1000万円超の費用が必要となります。このうちの500万円を今回のプロジェクトで、皆さまのお力をお借りできればと思います。

 

 

 

家の住居やアトリエなどが点在する芸術の村。
その中心施設として移築された
「春風萬里荘」。

 

北大路魯山人は、画家・陶芸家・書道家・漆芸家・料理家・美食家など多彩な顔を持った芸術家で、漫画『美味しんぼ』(小学館刊)に登場する海原雄山のモデルにもなったことで知られています。

 

1955年 自邸ベランダでの北大路魯山人

 

「春風萬里荘」は、北大路魯山人が住居・アトリエとして使っていた建物を昭和40年に北鎌倉から移築したもので、江戸時代中期の茅葺屋根の民家です。

 

1959(昭和34)年 北大路魯山人の没後、晩年を過ごしたその屋敷が空き家となり、売りに出されることを知った父の長谷川仁が、移築を決意。

 

広大な丘陵地帯に笠間市と立ち上げようと構想していた「芸術の村」の中心施設として開設されました。そして、魯山人が好んで用いた李白の漢詩にある言葉から「春風萬里荘」と名付けました。

北鎌倉から移築した直後の様子
1971年「芸術の村」設立委員による現地検分 (手前右、帽子姿が長谷川仁)

 

移築後は、40人ほどの芸術家が移り住み、夏期講座の開催や集会所としても使用され、当館が開館した1972(昭和47)年から一般公開を始めました。建物の内部は、魯山人が住んでいたままの状態に残されており、作品も多く展示されています。

※現在の芸術の村には、洋画家、日本画家、彫刻家、陶芸家、染織家などのアトリエが点在しており、それぞれ創作活動に打ち込んでいます。

 

当館では積極的に北大路魯山人作品のコレクションを行い、今では100点を超える名品を所蔵し、春風萬里荘での公開や全国の美術館・博物館で「魯山人の宇宙」という巡回展を開催しております。

 

最近では海外からの訪問も多く、茅葺き屋根の民家を日本の原風景として関心を持つお客様も多くいます。また、日本人の方でも、昔こんな家に住んでいた、とか、親の家が茅葺きだった、と懐かしむ方がいらっしゃいます。

 

夏期講座を開催した時(中央、長谷川仁・林子夫妻)​​​


 

リアフリーに配慮した回遊式庭園にし

四季折々、訪れるお客様に楽しんでもらえるように。


庭園の広さは約1100坪。山林だった場所を切り開き、自然の小川を利用して、ジヴェルニーのモネの庭を模した大きな睡蓮の池と太鼓橋もつくりました。

 

 

しかし、歳月とともに花木は老い、木製の枕木や池の護岸が朽ち、地盤の変化でお客様の回遊路に危険な箇所も出てきています。

 

また、開館当時から、バリアフリー化が手付かずだった庭園には、ところどころに急な坂道や階段があり、雨上がりの日の足元は不安定なものです。それを緩やかな坂道にして、春風萬里荘と庭園を見渡せる回遊路として、整備したいと考えています。

 

ただ、春風萬里荘は補助金などの支援を受けておらず、入場料が唯一の収入源。

 

公益財団法人日動美術財団 笠間日動美術館の分館として、収支としては全体のバランスを考慮し運営しているところではございますが、独自の入場料収入のみでの改修工事は難しく、今回は皆さまのお力をいただき、春の一日、秋の一日、そして暑い夏でも雪の冬でも楽しめる、そんな春風萬里荘の庭園にしていきたいと考えています。

 

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【庭園全体 改修工事スケジュール】

 

・第1期工事:2019年6月までに終了予定

・第2期工事:2019年12月末までに終了予定
・第3期工事:2020年の東京オリンピック開催前に終了予定

 

※今回皆さまからいただくご支援は、第1期~第2期工事で必要な資金の一部に充てさせていただきます。

※あくまでも予定のスケジュールです。予算との兼ね合いもあり、どの程度の工事まで完了できるかは現時点では未定の部分もございますこと、ご了承くださいませ。目標金額の500万円以上おご支援が集まれば、順調に2~3期の工事も進めることが可能になります。

 

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れからの半世紀を見据え、館長の想い。

 

 

私の父が「春風萬里荘」を移築し、笠間日動美術館を創設したように、私もできるかぎり施設を整え、未来のお客様のためにきちんと引き継いでいかなければならない、という思いがあります。

 

今後の半世紀を見据え、諸施設を将来にわたり生かすためにも、ここで整備するのは私の務めです。父の想いを受けとめ、

いつまでも眺めていたい風景がある庭園。いつ来ても四季の変化が感じられる庭園。そして、のどかで心落ち着く庭園を目指します。

 

魯山人が実際に過ごした茅葺き民家をより良く後世に残すため、どうか皆さまのお力添えをいただけますと幸いです。

 

春風萬里荘」でご検索いただきホームページもどうぞご覧ください。
 

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新着情報でも作品や施設を紹介しています。
魯山人のセンスが光る作品・内装をご覧ください。


魯山人の作品:こちら

施設内部をご紹介:こちら

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▶︎「春風萬里荘」と庭園全体がわかる動画です。ぜひご覧ください。

 


北大路魯山人について
 

1883年(明治16)京都・上賀茂神社の神官、北大路家の次男として生まれる。本名・房次郎。母の不義の子であったことを知り父が自殺。養子に出され、里子として転々し、5軒目の福田家に引取られる。ご飯の炊き方、調理を勉強、食材のすべてを無駄なく使うことを知る。「料理の基本は愛情であり、その根本は家庭料理だ」と後に回顧。大自然の恵みを、それにふさわしい器に盛る、との価値観・美学を持つに至る。

房次郎少年は、囲炉裏の灰に文字を書いたりしながら、字を独学で習得。16歳で看板書きで身を立てる。岡本可亭(岡本太郎の祖父)に入門、24歳で書家として独立。篆刻もし、濡額の仕事おおいに繁昌する。才能を理解する数々の人と出会い、山代温泉・須田青華窯で初めての絵付けをする。そこで加賀料理の真髄・作法・演出など学び、器と料理の関係に目覚めた。

古陶磁に料理を盛って出す「美食倶楽部」をはじめる。関東大震災によって失うが、1年半で「星岡茶寮」を開き活況を呈す。このころから北大路魯山人を名乗り、料理を盛る志野、織部、黄瀬戸などを「星岡窯」で焼く。しかし、放漫経営と傲慢さで茶寮より追放される。

星岡窯にこもり、この時を境に作風は雅で自由なものへと向かう。後援者の料亭「福田家」開業に向け、多種類・大量の器の制作をするなど窯が盛況となる。

晩年は、織部と緋色の強い志野、備前へと収斂していった。とくに紅志野は、幼い日に見た真っ赤なツツジの美しさを目指したといわれる。

70歳を過ぎ、大借金をしてアメリカ、イギリス、フランス、イタリアなど漫遊。ピカソにも会い「絵が下手で美が無い。色がきたない。線がへたくそだ」と伝えたそう。また、パリの有名な鴨料理店では、味が合わなく、持参したわさび醤油で食べたとのこと。

2度にわたり人間国宝推挙を辞退。晩年の魯山人は、世間の評判がきわめて悪く、没後も、作品は評価されなかったが、しばらくして米国で魯山人ブームが起こる。

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時がながれたいま、純粋に作品と向かい合い、魯山人の孤独ながらも優しいこころを感じられる時代となったようです。
 

 


 

【税制優遇あり】
何度でも、いつでも訪ねられるフリーパスポートを。

 

まるで自分の別荘に行くような、いつでも来れるフリーパスポート。ご寄付いただきました金額に応じて、各種パスポートを発行。ご入場いただける人数、お飲み物無料、お茶室や長屋門の使用など各種特典がございます。

 

■寄附金控除・税制上の優遇措置について
 

公益財団法人日動美術財団笠間日動美術館は、内閣府より公益財団法人(平成23年7月22日移行認定)として、認定を受けているため、当財団へのご寄付は寄附金控除の税の優遇措置(減税)を受けることができます。(寄附金控除の詳細については、下記をご参照ください。)
 
寄附者様への寄附金控除(所得控除)が認められておりますので寄附金受領書を発行送付致しております。確定申告などの際には、寄附金受領書が必要です。

・個人の場合
2,000円以上の寄附をされた方は、寄附金受領書を添えて確定申告を行うことで所得税に関する優遇措置として寄附金控除(所得控除)が受けられます。
※一部の住民税についても優遇措置の対象となる場合があります。
 
・法人の場合
「寄附金特別損金算入限度額」の枠が適用され、当該限度額の範囲で損金算入ができます。

詳しくは自治体や所轄税務署、国税庁のウェブサイト等をご覧ください。


※備考
・寄附金受領日は、8月9日(金)付け(Readyforから公益財団法人日動美術財団への入金日)となります
・寄附金受領後、公益財団法人日動美術財団より「寄附金受領書」を発行いたします。

 

 

 

 

 


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