土と水を保全する農業や漁業応援プロジェクト

土と水を保全する農業や漁業応援プロジェクト

支援総額

500,000

目標金額 470,000円

支援者
35人
募集終了日
2020年8月5日

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2020年07月26日 17:09

農業と水産業との折り合いをどのように考える? その5

 土と水が保全され、水産業も復活していくと、地域経済がどうなるかをシミュレーションしてみた文章です。

 またまた硬い文章ですが、ご参考になりましたら幸いです。

 

 

土と水の保全による地域社会の持続性

佐々木 章晴

 

1 はじめに

 根釧地方は,夏期冷涼の丘陵地帯であり,火山性土壌が広く分布している(佐々木ら1979)。多数の河川が存在し,低温湧水によるサケ・マス増殖業が盛んである。台地上は大規模な草地酪農地帯となった。この結果,河川流域森林率が著しく低下した。また,酪農経営の規模拡大により,購入飼肥料の使用量が増大した(佐々木2009,佐々木2017,佐々木2019)。 これらにより,シマフクロウを頂点とする流域生態系は,大きく改変された(佐々木2009,佐々木2017)。

 根釧地方の基幹産業は水産業と酪農である。特に一次産業を主体とする地域では,自然環境からの生態系サービスを持続的に享受できなければ,地方経済は成立しえない(佐々木2017)。根釧地方において今後考えるべき中心課題は,シマフクロウが生息できる環境,その環境による生態系サービス,それによる地域社会・産業への在り方を明らかにすることである。

 そこで本報告では,2017年度,2018年度の報告を踏まえ,現状の社会・経済構造で推移した場合と,シマフクロウが現在よりも生息が容易な環境を復元した場合双方の生態系サービスの変化を,根釧地方の経済の質・規模の変化を大胆にシュミレーションすることによって明らかにしたい。

 

2 材料と方法

 まず,前提条件について述べる。「現状の社会・経済構造で推移する」とは,酪農家の選抜淘汰をさらに促進することによって,酪農家一戸当たりの規模をさらに拡大し,地域全体の乳生産量を増大させていこうとする行動様式を示すこととした。

 一方,「シマフクロウが現在よりも生息が容易な環境を復元」とは,シマフクロウの生息環境を拡大・改善し,その結果としてサケ・マス増殖業をはじめとした沿岸漁業が成立する構造改変の実施を示すこととした。

 地域全体でこの2つのうちどちらかを合意し,選択した場合,基幹産業である酪農および水産業の生産性の予測,また生産性が変化した場合の地域経済の変化について試算した。

 酪農および水産業の生産性の予測は,選択の違いによる生態系サービスの変化から推測した(佐々木2017,佐々木2019)。酪農および水産業生産性の変化による地域経済への影響は,根室農業改良普及センター(2016),北海道根室振興局(2015)から情報を得,また,産業連関表(2011年度版)によって,地域産業構造の変化を2030年まで推計することによって推測した。

 

3 結果と考察

 根釧地域における生態系サービスと社会・経済との関係の基本的な考え方を,図1に示した。基盤となるのは気候と風土であり,それを元に成立する流域環境である。流域環境を構成する最も重要な要素は土壌と河川であり,その上に流域生態系が成立する(佐々木2009,佐々木2017)。この流域生態系は,系内の物質循環によって維持されている。そして,流域生態系における物質循環の一部を水産物および乳生産として利用し成立するのが,人間の地域経済である(図1)。

 このように,流域生態系が存在しなければ,人間の地域経済は存在しない。人間の地域経済へ富を生み出すストックは流域生態系であり,それを利用する人間の地域経済はフローであると考えられる(図1)。このことは,ストックである流域生態系が劣化すると,フローである地域経済は衰退することを意味している。ここに,流域生態系を保全する意義が見出すことができる。

 流域生態系を攪乱する要因は,人間活動であり,特に土地利用の変化(森林から草地への改変)と草地への購入肥料・購入飼料という外部物質投入の発生である(佐々木2009,佐々木2017,佐々木2019)。これらは,流域生態系というストックに大きな影響を与えると同時に,特に購入肥料・購入飼料の増大は流域生態系というストックの劣化を一時的に補填する(覆い隠す)働きもする。そのため,特に酪農サイドでは,流域生態系というストックの劣化を感じにくい。一方で水産サイドでは,流域生態系というストックの劣化の影響を直接受けるため,地域経済への影響を感じやすい傾向がある(佐々木2017)。

 現状では,流域生態系の攪乱を緩和する,あるいは復元するという行動が,地域全体として合意を十分に得られていない。そこで,「現状の社会・経済構造で推移する」場合,流域生態系および生態系サービス,地域経済への影響について最も厳しい試算に基づいて論考する。

 根釧地域の流域生態系は,森林開発による草地化と購入飼肥料による人為的投入の増加によって,大きな影響を受けている。例えば,河川水中の硝酸態窒素濃度は,流域森林率の減少と流域窒素投入量の増大によって,増加している(図2,図3)(佐々木2009,佐々木2016,佐々木2017,佐々木2019)。この変化によって,生態系サービスは変化しており,実際に平成16年(2004年)から平成25年(2014年)の間に酪農生産(乳生産量)は増加を続け,水産生産(サケ・マス漁獲量)は減少している(図4)。このことは,生態系サービスが大きく変化してきている可能性を示していると考えられる。

 この変化をもたらしたのは,購入飼肥料の増大による土壌および河川水中硝酸態窒素濃度の増加であり(図3),それにともなう河川水中酸可溶Alの増加であると考えられる(図5)(佐々木2017,佐々木2019)。河川水中酸可溶Alの増大は,生物に毒性があるイオン態Alを増大させ,水生生物・水産生物に大きな影響を与えていると考えられる(佐々木2017)。同時に,草地においても土壌中Alの増加は植生を悪化させ(図6)(佐々木2017),酪農の基盤である牧草生産に影響が出ている(出口2016,飯田ら2009,大塚2016,竹田2004)。このような流域生態系へのダメージによって,生態系サービスの持続性は危ういと考えられ,同時に土と水の劣化による地域経済の衰退が懸念される。

 そこで,生態系サービスが劣化していく中で,根釧地域の経済がどのように変化していくかを次に論考する。

 根釧地域経済は,製造業の生産額が37.5%と最も多く,生産額のみに注目すると製造業主体の経済構造であるとも読み取れる(表1)。しかしながら,製造業への中間投入(≒原材料の供給額)は,水産業で16.9%,農業で16.7%,合計33.6%と最も大きく,水産業と農業(酪農)が基幹産業である(表2)(佐々木2017)。

 「現状の社会・経済構造で推移する」場合,酪農生産がどのように変化するか検討する。根室振興局内の乳生産量は,2020年までは増加するものの,2030年にかけて徐々に減少すると予想される(図7)。これは,酪農家戸数の減少が進行すること(図8),酪農家一戸当たり乳量も減少に転じること(図9)が要因として考えられる。そして乳量減少の素因として,草地土壌中のAl増加により,粗飼料生産が徐々に困難となり(図6)(佐々木2017),牛舎から遠隔地の草地を放棄することも相まって,粗飼料生産が漸減することが考えられる。これは,土の劣化による酪農への生態系サービスの低下と言い換えることができる。実際に,土の劣化が素因となり,酪農経営を次の世代にゆだねることを断念し,中規模層(年間生産乳量200~599t)の酪農家が多く離農している(図10)。土の劣化は,農業粗収益を確保するために購入飼肥料という生産資材への依存を高めることによって,乳生産を維持しようとする行動を招く(図14)。生産資材の大量消費は,生産コストの上昇と農業所得の抑制を招き(図15)(三友2000,吉野2008),中規模経営を困難にして,離農か,さらなる規模拡大かを迫られる素因となっている。

 水産業についてもどのように変化するか検討する。根室振興局内のサケ・マス漁獲量は,急激に減少すると予想される(図11)。それにともない,漁業就業人口も減少を続けると予想される(図12)。これは,流域森林率の減少と窒素投入量の増大により,河川水中Alが増大および高い値を維持し,河川および沿岸域の水産生物に大きな負の影響があると予想されるためである(佐々木2017,佐々木2019)。

 このように,生態系サービスの劣化による乳生産および漁獲量減少,さらには離農や漁業就業人口の減少に伴う人口減少による購買力の減少(図13)は,根釧地方経済を縮小に向かわせると考えられる。

 生態系サービスの劣化について図16にまとめた。購入飼肥料の消費量が多くなり,草地土壌への窒素投入量が増大すると,土壌中の腐植(炭素)の分解が促進される(佐々木2018)。このことは,土壌団粒が崩壊すると同時に,土壌中粘土のSi-Al結晶を部分的に崩壊させ,Alが土壌中に遊離する。遊離したAlは土壌生物・牧草の生育を抑制する。結果的に,草地の植生は悪化し,草地生産性も漸減していく(佐々木2017)。ここで,草地生産性を回復させようと,草地更新の実施や購入飼肥料をさらに増加させる選択を取りやすい。その結果,さらに土が劣化し,購入飼肥料をさらに増大させなければ生産性を維持することが難しくなる。このことは,乳生産量の低迷と生産コストの増大を招き,農業所得は抑制され,離農の下地を作ることになる。

 「現状の社会・経済構造で推移」し,生態系サービス(土と水)が劣化した場合,地域経済がどのように推移するかについて,検討する。

 生態系サービスの劣化と酪農の大規模化の進行は,農業就業人口および漁業就業人口を減少させる。農民1人、漁師1人の減少は,地域の人口が7・8人減少することを意味する(図17)。2030年には農業・水産生産性の減少のみならず人口の減少によって,酪農業が地域経済へ生産物を供給する額は3.2%減少し(表3),地域経済から購入する額も3.2%減少する(表4)と予想される。水産業が地域経済へ生産物を供給する額は89%減少し(表5),地域経済から購入する額も89%減少する(表6)と予想される。このように,土と水の劣化による地域経済への負の影響は,水産業に大きく現れる。水産業の大幅な縮小が地域経済全体に与える影響は小さくなく,2030年には根釧地方経済全体も23.4%縮小すると予想される。ここで留意すべきは,水産業が大幅に縮小するのみならず,酪農業も生産額の増加が見込めないことであり(図7,図8,図9),2030年以降も土の劣化がより進行し,乳生産性がさらに減少する可能性も否定できないことである。その時,根釧地方経済はさらに縮小することが予想される。

 このように,生態系サービス(土と水)の劣化は,中長期的に地域経済に深刻な影響をもたらすと考えられる。生態系サービスを回復させる手段として何が考えられるだろうか?

 生態系サービスを回復させるカギは,流域土壌の保全と結果としての河川水の保全である。現在,虹別コロカムイの会を中心として,西別川をはじめ根釧地域の多くの河川で河畔林の回復活動が行われている。草地を森林に転換することは,より多くのリター(落ち葉などの有機物)が土壌に供給され,土壌生物相が豊かになり(菱ら2009,菱2018,唐沢2018 , Bal 1992,中森2018,島野2018),土壌炭素が集積し,遊離したAlを土壌炭素(腐植酸)がキレート化・無害化する。このことにより,土の劣化が改善され,生態系サービス回復効果が期待できると考えられる(兵藤2018,金子ら2004)。

 また,流域の70%以上を占める草地においても,マイペース酪農の実践酪農家を中心に,購入飼肥料の削減と完熟堆肥・好気性発酵スラリーの活用・放牧を中心として「土-草-牛」の循環を基礎とした草地管理が少数ながら行われている(三友2000)。完熟堆肥や好気性発酵スラリーには腐植酸が豊富に含まれることから,この実践も河畔林の回復と同様の生態系サービス回復効果が期待できると考えられると同時に,購入飼肥料を抑制するため乳生産量としては抑制されるものの(図14)(藤本ら2016),このことは同時に生産コストの抑制をも意味するため,可処分所得は800~1000万円/年程度を確保できている(図15)(三友2000,吉野2008)。

 マイペース酪農における草地管理は草地更新を行わない不耕起管理であり,そのため草地表層にリター(枯草)・堆厩肥・スラリー由来の堆積腐植層(有機物層)が存在し(図18),多様な草種が存在する(図19)。これは,Montgomery(2018)が指摘する環境保全型農業の3原則,不耕起・有機物マルチで表層を覆う・多種多様な植物種の存在,と,一致しているとともに,ごく小規模とはいえ森林土壌に類似した堆積腐植層が存在する(図18)。このことは,土の劣化を回復させるとともに(金子2018a),水の劣化を回復させる可能性が考えられる(金子2018b,森ら2016,吉原2016)。

 実際に,マイペース酪農の中心的存在の一つである酪農適塾(吉塚牧場・旧三友農場)に存在する当幌川支流では,西別川の中・下流よりも硝酸態窒素・溶存物質・Alが小さく,西別川上流である虹別ふ化場用水の値に近い(表7)。特にイオン態Alは,サケ稚魚への半数致死量である0.13mg/lを下回っている(佐々木2017)。このことは,酪農経営形態・草地管理によって,生態系サービス(土と水)の劣化を回復させる可能性があることを示しており,根釧地域に広く普及した場合,水産業生産性の大幅な回復の可能性を秘めていると考えられる。

 河畔林の復元が現在よりも進展し,マイペース酪農が地域に大幅に普及した場合,根釧地域経済はどのように変化するだろうか? 乳生産量は35.1%抑制されるため,酪農業が地域経済へ生産物を供給する額は35.1%減少し(表3),地域経済から購入する額も55.8%減少する(表4)と予想される。しかし,水産業が地域経済へ生産物を供給する額は114%増加し(表5),地域経済から購入する額も114%増加する(表6)と予想される。このように酪農生産や購入量は減少するものの,水産業生産や購入量は増加する。このことにより,根釧地域経済全体としては3%増加する(表7)。

 さらにマイペース酪農は,現在の地域平均の草地面積136haの半分である50~60ha程度で成立可能であり,このことは農業就業人口が最大2倍に増加できる可能性がある(三友2000)。地域人口が回復したと仮定すると,根釧地域経済全体としては10%増加する(表7)。

 このように,河畔林を回復させ,マイペース酪農を地域に大幅に普及させた場合,生態系サービス(土と水)が回復し,多数の中規模酪農家が存在できる可能性がある。このことは,乳生産量を抑制するものの,水産業生産性を大幅に回復させ,地域の人口も回復する可能性があり,結果的に根釧地域経済は現在よりも好転する可能性がある。そしてこの好転は,生態系サービスの回復が基礎となっているため,持続的に好転すると考えられ,生態系サービス・生産性を再生産できる経済体制こそ持続的であると考えられる(図19)。

 さらに,河畔林の復元とマイペース酪農による草地管理は,土壌炭素を増大させることから,二酸化炭素を土壌に隔離することによって(唐2018,松浦2016),地球温暖化抑制へ貢献できるとも考えられる(図20)。このことは,寒流系の水産生物を生産の主力とする根釧水産業へ,正の影響を与えることが予想される。

 河川水中のイオン態Al 0.13mg/l以下を維持する流域森林率は35%である。現状の西別川の流域森林率は27.7%であり,面積としては3432.6haである。これは単純計算するとシマフクロウのつがいが39つがい存在可能である(1つがい/87haとする)(山本1999)。流域森林率を35%,面積として4337.2haにまで復元すると,50つがいが存在可能である。

土と水への細心の注意を払うことによる結果として,コタンコロカムイはより多く生存できると考えられる。コタンコロカムイはやはり村の守り神であり,コタンコロカムイが多く生存する生態系は生態系サービスが豊かであり,そのことによって人間の経済も豊かになると考えられる。 

リターン

10,000


土と水を保全する研究成果2020

土と水を保全する研究成果2020

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支援者
34人
在庫数
50
発送完了予定月
2021年3月

10,000


ニシベツ伝記(小説)

ニシベツ伝記(小説)

今までの研究成果を小説化してみました。
架空の根釧原野に存在する、付属短期大学を持つニシベツ実業高校を舞台として、地域の課題を生徒たちが解決していく、と言ったストーリーです。

支援者
1人
在庫数
99
発送完了予定月
2020年10月

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