皆様こんにちは。NPO法人「W・I・N・G―路をはこぶ」スタッフの田代です。

 

早いもので、今日から9月ですね。「心地よい秋」まであともう少し!

夏の余韻に浸りながら秋雨が通り過ぎるのを静かに待つ…そんな季節と季節のインターバル――9月。

 

私自身の誕生月ということもあって、個人的に思い入れのある9月なのですが、ここ数年の間に、9月になると思いを巡らせる人が増えました。

 

9月1日。まさに今日誕生日を迎えた、ある利用者さんがいらっしゃいます。しかし、彼は3年前の3月に19歳という若さで亡くなりました。もし生きていれば今日で23歳でした。

 

9月4日。ちょうど1年前のこの日、一人の利用者さんが亡くなりました。44歳。口で言葉を発することは困難でしたが、「50音表」と「瞬き」を組み合わせることで、目を使ってスラスラと会話ができる方でした。

 

 

 

 

 

私は今の法人に入職して9年目を迎えましたが、この10年足らずの間にも、たくさんの利用者さんとお別れをしてきました。「誰も亡くならなかった年」は1年あったか無かったか…というほどに、毎年のように、誰かとはお別れをしなければなりませんでした。

 

今回のプロジェクトでは、重症心身障害者と呼ばれる利用者さんの「生き様」「生そのもの」をアート作品として表現し、記録し、発信することに取り組みます。

 

もちろん、作品の素材となる「音」や「言葉」を提供してくれるのは、現に今、目の前で「生」を展開している利用者さんであったり、スタッフであったり、ご家族であったりするわけですが、作品のどこかで、「既に亡くなってしまった利用者さんたちの『生』」もカタチとして現出させることができないだろうかと思案している自分がいます。

 

これはあくまでも私個人が感じていることですが、

 

「死」と真摯に向き合おうとする立ち居振る舞いの中でしか「生」は“全開”にならないんじゃないか?――そう思うことがあります。

 

言い方に語弊があるようでしたらご容赦いただきたいのですが、「死」を勘定に入れないまま発せられる「生」という言葉には、どことなく「軽さ」を感じてしまうのです。

 

ここで私個人の生死観をだらだらと書き連ねるわけにはいかないのですが、少なくとも、このプロジェクトで謳う「生き様の表現」という主題は、決して「死」を無視して発せられたものにはしたくありません。

 

私が重症心身障害者と呼ばれる利用者さんと共にしてきた時間は、ご家族に比べれば、比較すること自体がおこがましいほどに短い時間でしかありません。ただ、そのほんの短い「一瞬」を共に過ごした私にさえも、利用者さんは「生に対しても死に対しても真摯に向き合う」ことを、文字通り「全身全霊」で教えてくれます。

 

生も死も呑み込む「全身全霊」をどこまで「作品」として切り取って見せることができるか――制作に携わる横溝さん・上野さん、利用者さん、スタッフにとってもドでかいチャレンジになりそうです。

 

 

この場をお借りしてご支援を募集できるのも、あと2週間!!

 

制作活動の充実のため、引き続き、皆様の貴重なご支援を賜ることができましたら幸いです!!どうぞ宜しくお願い致します!!

 

 

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