今、中越に来ています。NPO法人ウイメンズアイの企画で、南三陸町の女性達と一緒です。
私が毎日を過ごしている宮城県登米市、南三陸町あたりも緑が広がるところですが、ここも、やはり風景は違うけど、山間の深い緑の麓に爽やかな水田の緑がしきつまる美しい土地です。稲もよく育っています。

しかし、冬には3m、4mの積雪になるとのこと。


まずは、やまこし復興交流館「おらたる」へ。
人の太ももくらいある?錦鯉で、テンションあがりました。鳥に食べられないのか心配していた人もいたけど、そんなやわな大きさではありませんでした。

 

館の中に入り、展示を見ながら、話しを聞く。

 

それぞれの事情

 

 

三陸は地震のあとの津波の被害が大きかったけれど、ここ山古志では、地滑り。日本でも有数の地滑りし易い土地とのこと。「私たちは高いところに逃げればいいけど、ここの人達はどこへ逃げればいいのか?」と南三陸の女性たちもここの人の避難先を心配。大震災を経験したからこそ出てくる言葉でしょう。でも、家が建ち並んでいるところは、地滑りの心配はあまりないところと聞いて少し安心。

軽く展示をみたあと、地形模型シアターへ。

 

地形模型シアターの最後にあった「山古志は今でも多くの課題をかかえているけれど……」という言葉がとても気になったので、終わって聞いてみろと、やはり一番は、人口減少の問題とのこと。地震当時2200人程いた山古志の人口が今はその半分、1100人程になっているらしいです。小学校はどこも複式になり、全校生徒10人いれば多い方という厳しい状況だそうです。それでも、そのお話をしてくれた館の職員の方は6人の子供がいて、その子どもたちが、「山古志に帰りたい」というので、帰るのを決めたそうです。
そして、どんなところになってもやはり生まれ育った土地がいい。高齢になると、自分たちがきる最良のことをやりながら、助け合って生きていきたい。そして、山古志を愛する20代、30代の人が、村をもりあげようと頑張っているという話しを聞き、心がほっこりしました。

 

 

 

そして、そのあと「あまやち会館」というところで、「かたくりの会」の話しを聞きました。この方々は、阪神淡路から伝わったタオル人形「まけないぞう」からはじまり、独自の手作り品をつくって販売しています。山古志村で復興のシンボルとしていただいたアルパカが名物になり、そのぬいぐるみをつくっています。これが、"かわいい"、"安い"そして、"軽い"。お土産に最適! 売れているそうです。一時は通信販売も考えたそうですが、生産が追いつかないので、それは止めたとのこと。お金の為にやっているよりは、みんなで一緒に活動する時間が楽しい、ということのようです。

 

 

皆が集まる場所は、手芸屋さんのお宅。「あまりお客さんがいないので」(?)おちゃっこのみしながらやるのにちょうどいいらしい。

また、「震災をいい方に利用する」ということもおっしゃっていました。震災前は、山古志と言っても誰も知らなかったけど、今は、全国に知られた、色んな人も来てくれた。と語るお母さん。そのイヤミのないしたたかさはむしろ見習いたいものです。

 

 

 

そして、最後は宿泊の場でもある農家民宿「おっこの木」。”おっこ”は気の名前。樹齢100年のおっこはかわいかった。

 

家も雪国らしく高い。冬には雪で一階は埋まるとのこと。「雪かき」ならぬ「雪掘り」をするらしい。
 ここのお母さんたちは、人生を謳歌しているように見えます。
 到着すると、おいしい夕食をつくって待っていてくださった。野菜も米も自分たちでつくったもの。山菜は山で採ってきて加工する。なかでも、ゼンマイの煮物は絶品!!
 料理だけではない。踊りも!あんまり楽しそうなので、ついみんな一緒におどりたくなる。
 そして、私たちもその楽しみをわけてもらいました。皆で踊りにジョイン。

 

 

ここで学んだことは、「”あきらめない””無理しない””楽しむ”ことが、継続の秘訣」ということ。
そして、災難をチャンスに替えるあの発想の転換。三陸の10年後の姿を見たような気もします。
FORTUNEもここの皆さんのように、しなやかに、粘り強く、楽しく、したたかにFORTUNE宮城を続けていきたいと思います。

そして、多くの方に、いろんなことを吸収し、復活する三陸の”今”を見てもらえるようなガイドマップをつくりたいと思います。
 

 

 

 

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