プロジェクト概要

 

〜第一目標500万円達成のお礼と第二目標650万円に向けて〜

 

第一目標の500万円が無事、達成となりました!ご支援いただいた方々、応援いただいた方々、皆様のおかげさまです。

 

ここまで非常に厳しい挑戦でしたが、だからこそ、この事業にかける熱い思いを本気で受け止めてくださる多くの方に出会うことができました。本当に、ありがとうございます。

 

ページ内でもお伝えをしておりましたが、プロジェクト全体の事業費は、概算で2100万円かかります。まだまだ整備しなければならないところも多く、引き続きのご支援をいただければ、望外の喜びです。

 

クラウドファンディング終了の期日まで、650万円の第二目標を目指し、引き続き改修に向けて、ぜひご支援、応援をよろしくお願いいたします。

 

500万円を超えた金額に関しましては、地階に設ける予定の飲食スペースの内装や、全体の木工事の費用に当てさせていただきます。

 

お礼に重ねてお願いとなりましたが、これまでのご支援、誠にありがとうございました。そして、今後ともどうぞよろしくお願いします!!

2018年10月26日追記

 

歴史と伝統、創造のまち・愛知県豊田市足助町。

古くから、旧伊那街道(塩の道)沿いの商家町として栄え、
愛知県初の重要伝統的建造物群保存地区に選定された美しい町並み。

 

その足助で、かつては高級料亭として名を馳せた「寿ゞ家(すずや)」

長い時を経て、地域が楽しくなる「コト」がここから生まれていきます。

 

寿ゞ家本館2階大広間

 

「まちの縁側」から「新しい価値を生み出す」交流の場へ。

 

ページをご覧いただき、ありがとうございます。地域人文化学研究所代表理事の天野博之です。人と人・モノ(資源)・地域の間に立って、楽しくなるようなコトを起こす触媒の役割をしたいと考え、地域人文化学研究所を立ち上げ、豊田市のいろいろな地域のまちづくり活動を行っています。その他、市職員、とよた五平餅学会の学芸員としての顔も持ちます。

 

豊田市足助町にある「寿ゞ家(すずや)」は、かつて華やかだった、まちの象徴のような高級料亭として多くの方々をもてなしていました。そんな歴史とともに生きた建物は数十年前の廃業以来、活用されないまま、長きに渡り、放置されてきました。

 

そんな「寿ゞ家(すずや)」に、まちの中での新たな機能を持たせ、楽しくなるようなコトが起きていく場として、再生を目指します。

 

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地域人文化学研究所 代表理事 天野博之(寿ゞ家大広間にて、撮影:永田ゆか)

 

江戸時代の物資輸送の要所・足助の町並みと「寿ゞ家」

 

三河や尾張から信州を結ぶ旧伊那街道は、太平洋側と内陸部との物資の輸送路として重要な役割を果たしてきました。江戸時代の主な輸送品であった塩や、荷を運ぶ手段の中馬にちなんで、「塩の道」「中馬街道」とも呼ばれ、物資の集散地・商家町として足助(豊田市足助町)の街は栄えました。

 

そんな足助町には、江戸時代から続く魅力的な町並みが残され、平成23年に重要伝統的建造物群保存地区に愛知県内で、初めて選定されました。その中央部、街道から小路を一筋入ったところに「寿ゞ家(すずや)」があります。

 

かつての寿ゞ家の様子(大広間での尺八と琴の演奏)
かつての寿ゞ家の様子(お茶会?)

 

寿ゞ家は、江戸時代後期の天保以前から旅館として営まれ、その後明治・大正期に料亭へと移行し、最盛期には足助一の名料亭として名を馳せました。往時は30名以上いたという足助の芸者さんたちもお座敷に出入りし、とても華やいでいたそうです。

 

現在見られる寿ゞ家の建物は、大正13年に建てられた地上2階・地下1階の木造3階建ての本館と、昭和32年に建てられた木造2階建ての新館と付属構造物で、30畳敷きの大広間や茶室等、部屋数は約20、延床面積は300㎡を越える規模があります。

 

料亭だった建物なので、典型的な足助の町家とは趣は異なりますが、さまざまな要素が入り混じって一つになっている、足助らしいといえば足助らしく、良質で独特の雰囲気ある建物です。

 

しかしこれらの建物は、昭和58年頃に廃業した後、長い間空き家となって手が入れられず、雨漏りやゆがみも生じ、外構や庭も荒れ果て、部屋の中には野良猫等の棲み処となるなど、当時には華やかだった面影を想像できないような廃墟となっていました。

 

寿ゞ家本館玄関上り口
寿ゞ家本館1階座敷
寿ゞ家本館2階から飯盛山の景色
寿ゞ家新館1階鶴の間
寿ゞ家新館茶室

 

義理と人情からつながる再生への道。

廃墟から「まちの縁側」へ。

 

足助出身でも住民でもない私がこの建物と出会い、再生活用に携わるようになったのは、市の職員として文化財課に所属し、足助の町並みの保存活用に関わるようになったことがきっかけです。

 

当初、豊田市と旧足助町の合併協議の中には、文化財的な手法による町並み保存の計画はなく、都市整備的な景観整備による旧足助町の中心街区としての整備が行われる予定でした。しかし、当初進められていた計画の中には、足助の町並みが歩んできた文脈とは異なる整備の提案など、本来守るべき町並みの本質的な価値が崩される危険性も含んでいました。

 

善意で事業を進める側はもちろん、地元の方にもこれに気付く人はなく、その様子を見ていた私は、市の方針にある意味逆らうように、重伝建制度を利用して町並みの本質性を保存・活用しながらまちづくりをすることを、町並みに住む人たちに向かって提案し、その実現に向けた行動を起こしました。

 

このままでは、貴重なまちの歴史を伝える町並みや文化が失われてしまう、という危機感から、これまでにその土地が積み上げてきた歴史や文化の重みや、時代性や材の使い方などを含め、その建物がその姿でそこにある理由など、町並みが語る物語を住民の方に意識してもらい、その土地の本質を生したまちづくりをするために動き出しました。

 

当時、私が持っていたのは町並みの保存活用にかける情熱だけでしたが、腹を割って話し合う中で多くの地域の方々に共感していただき、さまざまな方々が活動に参加してくださることで、幸いにも後に重要伝統的建造物群保存地区の選定へ繋げることができました。

 

清掃作業の様子

 

しかし一方で、まちづくりは個別課題の解決の集合体でもあると思います。地元の方々と一緒に動く中でも、個々に課題の異なる人たちに町並みの将来像を理解してもらうのは難しいことでした。誰も見たことがない見えない未来を同じ方向を向いて、イメージしていくために、その形を示すような場所、そして地域の内外の境にあって、さまざまな人が気楽に交流できる「まちの縁側」となる場を設けたいと考えました。

 

そこで、まちや建物の歴史を感じられるよう、比較的簡単な修繕により、維持することで、次の世代にその歴史を伝えていくこと、そして、古い家屋でもさまざまな活用の方法があることを地域の人に示していくことができるような場所を探す過程で、たまたま当時の所有者とつながりができ、出会ったのが「寿ゞ家」です。

 

そうして、寿ゞ家の建物を再生活用して面白いまちづくりの場をつくろうという「寿ゞ家再生プロジェクト」がスタートしました。

 

地元の中学生も活動に参加してくれました。

 

 

建物の再生とさらなる活用への道のり。

 

はじめは人さえ入れない廃墟状態から、生い茂った樹木の伐採や不要家財の処分、ほこりまみれの室内の清掃などの作業をはじめ、最低限の建物維持管理ができるよう、添え柱等による構造補強、雨漏り修繕などの補修を進めてきました。

 

ありがたいことに、ご近所を始め地元の方々からも活動に対するご理解をいただき、さまざまな協力を得て、整備と同時並行で活用も図り、地元の方々を対象とした講座や、アートイベント、足助の夏祭りの花火鑑賞会、そして秋には月見会など、寿ゞ家独特の空間を生かした催しを行い、いろいろな形で活用を図ってきました。年間の公開日数は60日程度ですが、おかげさまでこれまでに一万人近くの来訪者を迎えています。

整備前の外観(本館北側)
屋根の上の露台の撤去
室内もものであふれ、雑然とした状況
修繕ワークショップなどを繰り返し、少しずつ整備が進む

 

再生と活用を進めて多くの人が寿ゞ家に訪れてくださるようになりましたが、その一方で、構造上の脆弱な部分と、上下水道・トイレの未整備が、今後のさらなる活用のための大きな障壁となっています。これまでに年間100万円程度の資金をかき集めて、なんとか修繕や維持活動を続けてきましたが、ここからは、それだけでは賄いきれないような状況となっています。

 

このままでは建物全体の維持が難しくなり、安全にお客様を迎えることが難しくなってしまうような状態です。また、水道がないために清掃などの維持管理だけでなく、お客様への飲食の提供もできず、使えるトイレもないことから、特に高齢者の方々や子どもたちが建物内でゆっくり過ごすことが困難になっています。

 

そこで今回、応急的な建物維持から大きく一歩踏み出し、脆弱な構造体を除却し、本館の構造補強と合わせて、上下水道の接続工事やトイレの整備を段階的に行うことを計画しました。

 

赤色部分、緑色部分が解体・改修が行われる部分

 

■工期・スケジュール

2018年10月:クラウドファンディングによる資金調達、資金の確保により整備内容の決定、解体を含む全体工事許可申請等手続き。

2019年2月:危険箇所解体後の外観の整備に関する国への補助申請手続き

2019年4月:補助金交付決定。解体工事着工

2019年6月:解体工事終了。続けて構造補強、上下水道・トイレ整備、建物再築等着工

2020年2月:全体工事終了。新たな活用開始(「中馬のおひなさん」期間内でお披露目予定)

 

■資金使途

 

・共通仮設費:750,000

・解体費:2,770,000

・木工事:6,046,000

・基礎工事:1,335,000 

・水道設備工事:1,200,000

・その他工事(屋根、板金、左官等):2,667,000

・電気設備等工事:1,445,000 

・建具等:1,220,000

・諸経費等:555,000

 

小計:17,983,000×税

設計監理費:1,942,000 

合計:21,363,000

 

このうち、今回のクラウドファンディングでご支援いただきました資金は、 リターンの経費等を除いたうえで、 共通仮設費と解体工事費に充てさせていただきます。

 

 

「寿ゞ家」再生が、町並み全体の再生・活用への第一歩。

 

現在でも、寿ゞ家は「まちの縁側」として一定の機能を担っていますが、未整備部分の問題により、町並みの課題解決のためのより一層の活動の展開ができない状態です。未整備部分の問題を解消する今回のプロジェクトによって、寿ゞ家の機能や活動の幅は、大きく広がります。

 

残念ながら地区の中には「寿ゞ家」以外にも空き家が多く、それらの建物は手も入れられず、活用どころか保存もままならないところもまだまだあるような状態です。所有者が高齢者世帯の場合など、手間や多額の費用が必要となるため、その後の活用の見通しも立たないまま、建物を保存していくことをためらうしかない現状もあります。

 

今回のプロジェクトが成功することで、新たな活用の手法を示すことができ、寿ゞ家の他にも美しい町並みを構成する貴重な建物の活用の可能性が出てきます。そして、この土地の歴史と文化を大切にしながら、古い町並みの中に新しい暮らしをつくっていくきっかけとなる、の取り組みはそんな第一歩なのです。

 

今後「寿ゞ家」は、その独特な空間を楽しみながら、子どもや高齢者も気軽に利用できるようになり、歌舞音曲から飲食の提供や新たな管理方法の試行など、より寿ゞ家を多様な使い方ができるようになります。「まちの縁側」から、もっと面白いコトをここで起こせるように、また料亭として様々な人たちが交流したこの建物の来歴・文脈からも、良い大人たちが楽しみ遊ぶ場としての「遊郭」(あくまでも現代版の)へと役割を一段階進め、保存の先の活用の姿を示したいと考えています。

 

そのためには、これまでの応急的な建物維持から一歩踏み出し、本館の構造が脆弱な部分の除却と構造補強、上下水道の接続工事やトイレの整備がどうしても必要となります。ぜひ、次の一歩を進もうとする足助の町並みの新たな地平を開く取り組みをご支援、応援いただければと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

 

足助をどりの会の皆さんと(寿ゞ家大広間にて、撮影:永田ゆか)

 

運営団体:地域人文化学研究所について

 

NPOの任意団体として、行政等の機関と住民個人の中間に立つ組織の必要性から、寿ゞ家再生に合わせ、平成25年6月8日に発足。人・地域・資源の間に立って楽しくなるようなコトを起こす触媒の役割を果たすことを目的として、寿ゞ家再生の他、「とよた世間遺産」の認定事業などの事業実施や、とよた五平餅学会や山里暮らしの理想郷・富永のまちづくり、農村舞台寶榮座保存協議会の活動支援なども実施。寿ゞ家と豊田市内外の様々な人や活動を豊田市内の様々なまちづくりと寿ゞ家を結んでいる。

 

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