プロジェクト概要

プロジェクトの終了が報告されました

 

広島県尾道市、御調町・菅野地区。

鳥のさえずりと風の音しか聞こえない、
静かな山頂に小さな里山があります。

 

ここはかつて、"柿の里"として栄え、

「串柿づくり」が盛んに行われていました。

 

しかし、時代とともに「串柿づくり」は衰退。

"柿の経済"は失われていきました。

 

限界集落となっていく故郷を復活させたい。

その思いで「尾道柿園」を立ち上げ、

柿の里を復活させました。

 

そんな私たちの次のステップは、

この里山を次の世代に繋げること。

そのためには『経済を興すこと』が必要です。

 

そこで私たちが注目しているのが「柿渋」です。

 

今回、この柿渋の魅力を発信する拠点として、

柿渋工場、柿渋体験工房を立ち上げます。

 

 

 

ページをご覧いただきましたみなさまへ

 

みなさまの温かいご支援をいただき、目標金額に到達することができました。

本当にありがとうございました。

 

一つひとつのご支援に込められたみなさまの思いをしっかりと受け取り、柿のカーテンでオレンジ色に染まる柿の里を復活させたいという自らの強い思いも再認識することができました。

 

目標金額には到達しましたが、プロジェクトは10月19日23時までとなっております

引き続きいただきましたご支援は、柿渋の発信拠点をつくるための費用として大切に活用をさせていただきます。

 

プロジェクト終了まで、見守っていただけますと嬉しいです。よろしくおねがいいたします。

 

2018年10月15日 追記

 

 ページをご覧いただきありがとうございます。株式会社尾道柿園の宗 康司と申します。

 

御調町・菅野地区。尾道市外から北に約25㎞、標高は約300mの場所に私たちの営む"柿の里"はあります。

 

この地の柿農家に生まれた私は、都会に憧れて家を出て、55歳まで営業一筋にやってきました。


そんな私が、この事業を始めたきっかけからお話させてください。

 

 

真っ青な秋空の下に広がる、オレンジの柿の実のカーテンのあいだを駆け回っていた少年時代。限界集落になりつつあるこの里山に"柿の経済"を再び。

 

7年前(55歳の時)、私はこれまで勤めてきた会社を退職し、ネットショップでの出店をはじめました。

 

これまで付き合いのあった営業先の商品を仕入れさせてもらいましたが、思うように利益が出ません。そこで、秋に実家の柿を使い、干し柿を製造販売することにしました。

 

試しに「完全天日乾燥・無添加」の干し柿を5,000個を販売。すると、すぐに完売し、その後も問い合わせが続きました。

 

その時に初めて、自分の生まれ育った里山の価値に気づいたのでした。

 

 

 

ー真っ青な秋空に、オレンジの柿の実のカーテンー

 

御調町・菅野地区は数多くの柿の木がそびえ立ち、江戸時代初めより日本有数の"柿の里"として栄えていました。

 

ここでの一番の産業は、菅野地区150件の農家が生産する「串柿」。これは、正月の鏡餅などに縁起物として供える飾り物です。
 

標高300mの山頂に位置するため、一日中日当たりは良く、風が突き抜け、昼夜の寒暖差が大きいこの気候は、霧の影響受けず、干し柿づくりには最適な風土条件が整っています。


最盛期には、関西圏を中心に全国から注文が殺到し、菅野地区の柿だけでは足りず、御調町全域の農家が所有する柿の身を買い上げるほどでした。この里山は、まさに柿で経済が回っていたのです。

 

私の実家もこの串柿をつくる農家で、柿づくりに励む大人たちの姿を見て育ちました。

 

 

串柿づくりのピークである秋には、青く澄み渡った秋空と、紅葉に染まった中、軒先や庭先に、串刺しされたオレンジ色の「柿の実」のカーテンがズラリと並んでいたのを今でも鮮明に覚えています。

 

 

 

ー時代の変化とともに失われた柿の経済ー

 

しかし、高度成長期・バブル崩壊を経て、日本文化に対する生活観は変化をしていきました。

 

それとともに「串柿づくり」は次第に価値を失っていき、1970年代には約150戸あった農家が、2010年頃には8戸にまで減少。私の実家も「串柿づくり」をやめることになりました。

 

かつて、秋には柿の実のカーテンがずらりと並んでいましたが、今では柿は収穫されず、実をつけた柿の木が並び、オレンジの景色が広がります。

 

きれいな景色ですが、これは柿の経済の終わりを意味します。

 

400年の柿の歴史のあるふる里が限界集落になっていく姿を前に、先祖が残してくれた大切な資源を使って新たな柿経済を興せないかと、立ち上がることを決意しました。

 

 

年間通して販売できる柿製品「柿渋」で、次世代に繋げていくための経済を。

 

私たちはまず、「国産干し柿づくり」を中心に取り組みはじめました。

 

国産、無添加にこだわりました。里山の気候を生かし、手間暇はとてもかかりますが、白い粉が噴き出るまで天日干しで作る干し柿は、濃厚なのにさっぱりしたやさしい甘さが特徴の、極上の干し柿です。

 


次に取り組んでいるのが、血圧を下げるなど健康効果が期待される成分が豊富に含まれる「柿酢」、防臭・防菌効果のある塗装・染色材の「柿渋」、「柿のドライフルーツ」の製造です。

 


これらの新たな"柿文化"を造ろうと奮闘し、早7年。嬉しいことに、インターネットを通じて全国的に少しずつ、新たな価値として評価されはじめています。秋には、干し柿の干す景観を求めて多くの人が訪れるようになりました。

 

 

しかし、年間通して販売できる柿製品がないと、次世代に柿の経済を繋げていくことができません。

 

そこで、私たちが注目をしているものが「柿渋」です。

 

柿渋とは?

8月中旬から1か月間の未熟な柿収穫し、粉砕。その絞り液を自身の力で発酵させ、2年間熟成させてできる染色、塗装材・抗菌剤です。「JAPAN BROWN」と呼ばれるその色合い(古色)は、日本固有の色素材として古くから活用されてきました。

■柿渋の作用:防腐・抗菌・防虫・防水・防臭効果

■用途:室町時代より日本各地の農民・漁民が自家製で作り農機具や衣類、漁網などに使用しました。また、伊勢の型紙・輪島塗の下塗り・神社お寺などの修復の際、塗装・清酒造りの清燈材など幅広く使用され、生活習慣予防・かっけの特効薬・やけど・毒消しなどの民間療法にも使用されました。

 

 

戦後、日本は復興から高度成長に向い、石油製品、化学薬品を大量生産・大量消費を経て、豊かになりました。しかし、次世代をになう子どもたちに、自然破壊・アレルギーなどの多くの問題を残しました。

 

そこで今、これからの塗料・染料としての価値が高まっているのが、無農薬の柿から発酵してできる柿渋なのです。

 

柿渋を使用した内装

 

また、柿渋は塗料・染料以外での活用も注目されています。

(活用例の一部)

・抗菌作用を利用した医療用品のマスク・看護ユニホームの染色

・分子を固める作用を活用し、麺類に混ぜてよりツルツルしこしこ麺を作る

・防臭効果を利用した石鹸・ボディソープ

・アルコールと混ぜ自然素材でできる抗菌スプレー

 

このように、柿渋は年間を通して、染色・塗装材、抗菌剤として大きい経済を生む可能性を秘めているのです。

 

さらに、私たちの里山はかつて柿で栄えていたため、柿渋用の柿が伐採されず1,000本余り大木となり脈々と生き続けています。

 

そのため、地域に現存する柿を利用すれば、10トン以上の生産が可能ですし、合わせて耕作放棄地に柿を植える取り組みも行うことで、次世代の生産量の増加も見込めるのです。

 

ここで今回、この柿渋を生産し、魅力を伝えるための工場・体験工房を立ち上げます。

 

 

世界に柿渋の魅力を紹介するための、発信拠点。

 

私たちが拠点を構えるのは、里山一番の景観が望める場所。ここに建つ、築50年ほどの建屋を柿渋と漆喰壁で仕上げます。

 

改装前

 

外観イメージ

 

■カフェスペース

・柿を使ったスイーツを提供

・ワークショップの開催

■柿渋工房

・柿渋の製品・染色体験・仕込み体験を中心に毎週末、柿をテーマにしたワークショップの開催

・地域のコミュニティーの場としても開放

・美味しいと評判の地域の野菜の販売コーナーを常設

■柿渋工場

・柿渋を製造

・工房はすべて柿渋で仕上げ、モデルルームとしても活用

 

内装イメージ

 

カフェ・工房ができることで

▷年間通じての観光客を誘致できる

これまで、観光客が訪れるのは柿のカーテンが見られる秋の時期のみでしたが、新たに柿をテーマにしたワークショップ・カフェ・柿製品のアンテナショップを作ることで、この場所を目的とした観光客を、日本全国、そして、世界から誘致していきます。

 

工場ができることで

▷地域経済を耕す

カフェ、工房に隣接する倉庫に柿渋工場を立ち上げます。そして、地域に脈々と生き続ける数1,000本の柿木の実を当社で買い取り、地域経済を興します。生産量・販売量を増やして行くことで、雇用を生み、地域を活性化させ、次世代に繋いでいけるビジネスモデルをつくることで、限界集落からの脱却を目指していきます。

 

 

ーいただいたご支援の使い道ー

 

今回、この柿渋工房と工場を修繕するためには、700万円以上の資金が必要です。そのため、このクラウドファンディングでは、第1のゴールとして目標金額を500万円に設定しております。みなさまからいただいたご支援は、まず、柿渋の工房を修繕するための費用として活用させていただきます。

 

第1のゴールを達成できた場合、第2のゴールとして700万円を設定させていただき、柿渋工場を修繕するための費用として大切に活用させていただきます。

 

 

ご先祖さまが残してくれた、この柿の里を次世代へ繋いでいくために。

 

私たちの作る柿渋は、無農薬・無添加のため、安心・安全な発酵染料・顔料・抗菌剤として、さまざまな業種での活用が期待できます。最近では、日本らしい魅力ある素材として、ニューヨークの会社と取引も始まっています。

 

一度消えてしまった経済を、再び起こすことは決して容易なことではありません。しかし、ご先祖様は私たちに、150年以上脈々と生き続ける柿の木を残してくれました。

 

次、私たちがこの里山を次世代に繋いでいくためには、経済を興すことが必要です。

 

これからの時代、自然素材を生活に取り戻すことが豊かさになることも確信しています。柿渋は、まさにその代表となる日本が世界に誇れる素材なのです。

 

かつて伝統的に柿による経済があったこの場所で、現代の人たちが求める新たな柿製品による経済モデルを示し、次世代に繋げていく、これが私たちの使命だと感じています。

 

私たちのこの取り組みに、どうか応援・ご支援をお願いいたします。

 

 

鳥のさえずり風の音だけが聞こえる里山に、

春の野草が芽吹く、春。

 

毎日、早朝に下界は霧で埋まり、

里山はさわやかな朝露にぬれる、夏。

 

抜けるような青空の中に、

干し柿のオレンジの柿色カーテンが広がる、秋。

 

冷たい風が吹き、工房では薪ストーブのぬくもりに

時間がゆっくり過ぎる、冬。

 

この里山で、皆さまのお越しをお待ちしております。

 


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