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「古代航海術」を操る女性航海士と腕利き女性マネージャーへ会いに

田島:皆様、はじめまして!クラウドファンディング(以下 CF)事務局の田島沙也加と申します。所属は、国立科学博物館等ではなくCFを運営するREADYFOR(株)です。普段は、海上実験などこの目で見たことはなく、机の上が主な仕事場。しかし、今回はオフィスを飛び出して、取材に行ってきました!

 

左から田島沙也加(CF事務局)、内田沙希(ナビゲーター)さん、三浦くみのさん(マネージャー)

 

田島:プロジェクトには、大勢の男性の中にほぼ2人だけの女性がいます。

 

それは、「古代航海術を操る航海士(ナビゲーター)」の内田沙希さんと、「大勢を取り仕切るマネージャー」の三浦くみのさん。現場は、この女性2人が居なければ、成り立ちません。

 

漫画『ONE PIECE』に登場する女航海士に憧れた小学生時代。そして、映画『モアナと伝説の海』(島で暮らす女の子が航海術を学び歴史を変えるお話)を観て、感動しすぎた私が、「女性航海士」と聞いたら、会いたくてたまらなかった沙希さん。

 

そんな沙希さんがニュージーランドから帰省中と聞きつけ、それならと、このプロジェクトにはもう一人欠かせないマネージャーの三浦さんにも合流いただき、逗子・葉山まで、お二人に会いに行ってきました!「プロジェクトの裏話」や、「何故今の仕事を選んだのか」など、気になる事をたくさん聞いてきました。

 

 

「夢は天文学者」ではなく導かれるまま進んだ道(三浦くみの)

田島:最初の質問は、お二人がどうやって今の仕事に辿り着いたのか知りたいです。お二人共 “幼い頃の夢” として描くには特殊なお仕事ですよね。

 

三浦さん(以下 三浦):私は日本の大学では経営学をやってました。「数字」が好きで…。理科年表とか見て世界中のデータ、山の高さとか降水量とか見て、数字から世界が分かる気がしてニヤけちゃう。変ですよね(笑)
 

沙希さん(以下 沙希)田島:へえ〜。すみません、あんまり理解できません。

 

三浦:本当は天文学にもともと興味あったんです。3ヶ月の語学留学の行き先に、ハワイ島のヒロを選んで、隙があったら「すばる望遠鏡」に行こうと思って。行けなかったんですけど。でも楽しくなっちゃって、そのままハワイ大学ヒロ校で天文学を学びました。ひょんなことから「すばる望遠鏡」でアルバイトできることになったんです。

 

元々は天文学に興味のあった三浦さん。「すばる望遠鏡」と言えば、海部先生のお父様・海部宣男さんを真っ先に思い出しました。なんだか「未来への繋がり」を感じてしまいます。田島個人の感想です。

 

田島:羨ましい!天文学者になろうと思ってたんですか?

 

三浦:天文学者を目指すには学部卒業後最低5年。遥か遠く感じて “実世界” で生きたくなって(笑)、「出張先で採用やってるから受けてみなよ」って上司に言われて、それが科博だったんです。人生変わりました。何があるかわからない。

 

沙希:これからもですよ(笑)。何があるか分からない。

 

葉山のビーチにて会話(本当は暑すぎて途中から室内ですが、潮風をイメージしながら読んで下さい)

 

 

高校3年のテストを受けずに向かった先で運命の出会い(内田沙希)​

田島:沙希さんのことは知ってますよ。高校3年生の中間テストを投げ出して、「ホクレア号(※1)」を見に行ったんですよね。17-18歳にしてその決断力…。

 

沙希:正直、どういう気持ちで行ったのか覚えていない。ホクレアっていうすごい船が来たと聞いて、「これは確かに行った方がいいな」と感じて。

 

沙希さん。実はお腹に新しい命が!最後の航海の時は出産予定日から半年後。現在諸々検討中です。


※1 約3500~1000年前の間に、古代の航海術で太平洋の島々に辿り着き、定住を始めたというポリネシア人起源・拡散説。それまで「伝説」的に扱われていた話を、体験的に立証するために建造された古代式航海カヌーが「ホクレア号」。1975年に建造され、初航海でタヒチに辿り着いて以来、古代航海術で世界中を航海し、2007年には日本にも来航。


 

沙希:何も知らないけど、ホクレアが停泊していた宇和島に行って。見張り番も兼ねて、停泊していたホクレアに数日間寝泊まりさせてもらいながら、次の準備を手伝ったりして、片言の英語で「ナビゲーター」の人とも話しました。

 

2007年6月。宇和島でホクレア号を背後に沙希さん(写真提供:内田沙希さん)

 

沙希:片言の英語で聞いたんです。「どうしたらナビゲーターの勉強ができますか?」って。それで「その年齢からもう始めないと。ハワイに来るしかない」って多分言われて。それから、ハワイに行って勉強を始めて今に至ります。田島さんは?

 

田島:私、映画『天使にラブ・ソングを』を幼い頃に観て、確かシスターに銃口を向けた悪い奴が、祈る姿を見てやっぱり撃てなくなるシーンがあるんです。「何で?」って疑問で。それから「神様」のことがずっと不思議でした。そしたら、小学生の時に9.11が起きたんです。「宗教」をもっと知ろうと思って、大学では特に「原宗教」に関わる本を調べていました。

 

三浦:そこから、どうして今のREADYFORに入ったんです?

 

田島:一斉に始まった「シューカツ」に本当について行けなくて(笑)。合同説明会をサボって、リクルートスーツ着て偶然寄ったトークイベントで「面白そう!」と思った会社があって。そしたら、まだ創業2年目だった(笑)。そこでインターンをして、そのまま新卒でベンチャーに。それが今のREADYFORです。

 

三浦:現実をあまり見ていない3人が揃っちゃった(笑)。 でも “変わり種” がいないと面白くないですよね。周りにちょっとした勇気を与えているというか(笑)。

 

 

1日でもいないと大変!プロジェクトマネージャー

田島:「プロジェクトマネージャー」の三浦さん。普段はどんなところに気をつけていますか?

 

三浦:メンバー皆と違う目線を意識的にも無意識的にも持ってますね。とにかく意識が休まる瞬間がない。安全面の配慮ももちろんあるけど、全員各々求めているものが違う。不満があったりとか、心配に思っている人がいるのを確認しては、何か手助けできるように。敢えて介入しないこともあるけれど、一応様子を見ておいて、後ろで海部さんに対して「こういう状況だからこうしてこう改善しましょう」ということはありますね。

 

沙希:三浦さんがいないと成り立たないですね、あそこは。三浦さんがいなかった時、本当にやばかった(笑)。台湾での海上実験、初日から数日間は三浦さんがいなくて、大変だった(笑)。


三浦:1日半くらいだけね(笑)。行ったら大変なことになってて(笑)。

 

手前にいる海部先生と隣にいる三浦さんは名コンビ。海部先生が閃いたアイデアも、直ぐに実現できるのは三浦さんの手腕があってこそ


沙希:ダメだなって思いますね。三浦さんがいないと。

 

三浦:私がいるから大丈夫とか安心とかいうよりも、何かあれば意見は言い易いですよね。このプロジェクトには、「海のプロ」もいれば、「研究者」もいる、時には「取材陣」も現場に入る。立場も様々。例えば、海部さんは科博のグループ長とか、東大出身とか立場もあるのかな?直接言いにくいけど、私になら言えるとか。

 

漕ぎ手、研究者、カメラマン、年齢、国籍も異なるメンバーが一丸となって作業を進めなければならない中、三浦さんは現場の皆に常に気を配っている

 

 

世の中ではあまり知られていない「ナビゲーター」

田島:漫画『ONE PIECE』で女航海士が、天候や海流を先読みして指示出しをしているのを読んで、「かっこいい!」と思っていましたが、大昔の時代というか、フィクションくらいに思っていました。

 

沙希:古代からの航海術(ナビゲーション、ウェイファインディングとも言います)を継承して学んでいます。GPS、コンパス、海図などの機器を用いないで、星、波のうねり、風向き、鳥の観察などから自らの現在位置把握し、進むべき方向を示すものです。

 

田島:漕ぎ手の皆さんは、普段は複数名のチームで漕がないんですよね。「ナビゲーター」の言う通りに漕ぐことの抵抗とか実際どうなんでしょうか。

 

三浦:ナビゲーターに対する信頼感は凄いですよ。舵をとることの難しさ、相当な判断力が必要だから、本当に結局頼るしかない。あとは経験値以上に、沙希ちゃんと、あともう一人舵取りのトイオラの、人間性によるものもあると思う。

 

竹筏舟での海上実験の様子。後ろを見て進んで来た海路から進むべき方向を見定める

 

沙希:実際、手漕ぎ舟でやるナビゲーションってやっぱり違うんですよ。帆がついて長い距離を航海するのとは、流され方が。あんなに普段「黒潮の上で流される」ってないんですよね。それがすごい難しい。結局どれだけの速さで流されているのか分からない。流されていると言うより “海面ごと動いている” という感覚。

 

田島:具体的な舵取りの方法はどうやっているんですか?

 

沙希:私とトイオラは陸と太陽を見てる。自分たちが出発した方の陸の形が変わるから。でも「陸が見えなくなるところまで来たら」どうするかが課題なんですよね。
 

もう一人、舵取りをするのはトイオラ・ハウィラさん。星の位置を確認して自分がどこにいるか判断する時のポーズ。実は沙希さんのパートナーです!

 

田島:陸が見えなくなって何kmくらい進めば与那国島に辿り着く?

 

沙希:その日にもよりますね。どこまで陸が見えるか異なるから、それのことは考えてますね。陸が見れなかったとしたら、あとは海のうねり、それによってどう丸木舟が動いているか、感覚を研ぎ澄まして理解しなければならない

 

本当に3万年前の人たちはどうしたんだろう。毎日毎日違って、“この季節はこう” とかじゃない。この前は、海上実験した次の次の日には倍の速さで流されてた。3万年前の人たちは、時間の感覚がいまと違うから、本当に毎日毎日流され続けて、何度も何度も練習し続けて、その感覚を体得したのかもしれない。

 

男性の中に一人混ざりナビゲーターとして進むべき方向をチームに示す

 

田島:どんな時、ナビゲーターとして成長したと感じられますか?

 

沙希:成長できたって思ったことないです。まだ本当に勉強中だし、いつナビゲーターになれるかも分からない。田島さんに「『航海士』の沙希さんに会いたい」って言われたけど、自分ではまだナビゲーターだとは言えない。経験が全然足りない。

 

田島:そうなふうに思ってたんですね!世界には、伝統航海術を修得したPWO(ポー)という称号を持っているナビゲーターが何人かだけいると聞きました。

 

沙希:そう、そういう称号を与えられた人たち位のレベルになると、掌で水温を確かめて行く道が正しいか分かる人がいるというのも聞いた事があります。彼らは、自分の来た方向を風とか波のうねり、何日間も曇っていたとしても、微かな太陽の光やカヌーがどううねりで動いているかを感じながら進む方向を判断します。

 

田島:『モアナと伝説の海』で見たシーンと重なって興奮しています(笑) 。ポーになるためには、どうしたら?資格試験を受けるとか?
 

沙希:ポーは大体60代くらいの大ベテランの人たち。う〜ん…「資格」とかじゃなくて、誰か又は皆がその人をポーと認めるかどうかなんだと思います。実際には、ナビゲーターそのものも同じで、皆がその人をナビゲーターと認めるか、あとは一人で試す機会を与えられてできるかということで、自分でも「ナビゲーターだ」と名乗れる印象です。私はまだそういう機会も与えられてないので、訓練生や見習いだと思ってる。

 

 

二人の持つ「自分の信じたものに従う力」

田島:沙希さんが、ナビゲーターに出会えたことは「偶然」だと思いますか?また、沙希さんも三浦さんも、何か導かれるようにも、強い意志があるような、直感に従って動く能力のようなものが高い気もします。誰もがそういう「あ!これだ!」と思えるものに出会えると思いますか。

 

沙希出会えると思いますよ。出会ってその時に気づくのじゃないかもしれないけど、「後からでも、これだったんだな」と思うことはあると思う。

 

 

沙希:高校3年生の時のホクレアでの話をしたけど、「ハワイに行くしかないよね」って言われて、「ナビゲーターになりたいからハワイに行く」って伝えたら、父親(漕ぎ手監督の内田正洋さん)が喜んで。

 

三浦:喜びそう!

 

沙希:そう!だからこそやばいなって。父からはずっと何かこれをしろとは言われないけど、「やるんだったら自分の責任だよ」って言われてきたから。どうしよう言っちゃったなと。けど、やらないでいたら一生後悔すると思ったから。

 

田島:うんうん。

 

沙希「違ってもいいや。やりたいことなのかどうか、やったことがないからわかんないけど、でもちょっとでもそう思った気持ちがあったなら、とりあえず進もう」って。そしたら結局ここだったって感じ。始める前からその時「これだ!」とは思ってない、やってみて「ああこれだったな」って分かる。

 

 

田島:すごい説得力あります。「自分の信じたものに従う力」みたいなのが強くて、ちょっと気になったら動けるのは三浦さんも同じだと思うんですよ。

 

三浦:やっぱり色んな考えが出てくるけど、でも「やりたい!」という気持ちの方が強すぎて抑えられないというか。

 

田島:三浦さん!もしかして好きな人ができたら、自分から告白しちゃうタイプですか?

 

三浦:いや、私は違いますね(笑)。 やりたいって自分から動いたことの中で、実は、沙希ちゃんも乗った、2007年の「ホクレア」を科博に呼ぼうっていう企画があって。「どうやら海部さんが何か舟を呼びたいらしいんだけど」っていうのを耳にして、「ホクレアじゃないですか?!やりたいです!」って。科博で初めて海部さんと仕事した企画でした。

 

 

三浦:それで、当時はちょっと古い風習が残ってて非常勤の女性が部長にお茶出しをしていたんですね。

 

田島:「それがやらなきゃいけない仕事」なら、ちょっと…。

 

三浦:そう。だから女の子が気が進まない感じで準備しようとしてるところで、「私代わろうか?」って言って、部長のところへ持って行って(笑)。「いやぁ、ホクレア本当にいいですよ〜。これ呼ばないとダメです!」って、毎日のようにお茶出し行ってた。そしたら、ある日「ホクレアっていうのそんなにいいの?」って。

 

それで結局は、科博には「ホクレア」と「カマヘレ」の全クルーが集結して、地下に展示してある航海カヌーの1/3模型に、魂を入れるセレモニーを出来たんです。

 

沙希:すごい!やりたいと思ったらやるしかないですよね。やんないとわかんないですもん。

 

三浦:あんまり深く考えないで、直感というか。でも今の仕事は、始めは気が進みませんでしたよ(笑)。以前もマネジメントの仕事をしていたことがあって、それがいかに大変かを知っていたから。最近ですよ、周りに支えられて、自分自身の意見も取り入れてもらえるようになって、こういう仕事って巡り合わせかなって思い始めたの。人と何かするのって大変だけど、やっぱり好き。私じゃなくてももっと上手くできる人もいるだろうなとも思ってるけど、“今やっている” のは自分だから

 

田島:すごい共感します。「これ!」って思ったらやってみて、違ったら引き返せばいい?

 

三浦引き返すっていうか、その地点から始まる何かもあるから。前に悩んで選択しなかった道があっても、それを改めて始めることもできると思う。

 

プロジェクトが成功すれば、いつか「伝説」や「仮説」とされてきたことが「歴史」になって未来が変わる

田島:「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」では、私たちは3万年前を “見ています” が、例えば、30年後、100年後、どんな未来になっていると思いますか。

 

沙希:ホクレアの話をしますが、1975年にホクレアが誕生するまで、古代外海航海術で太平洋の島々にポリネシア人辿り着き定住を始めたのは「伝説」でしたからね。それまではハワイの人たちはどうやってハワイに辿り着いたのか全然分かってなかった。それをホクレアが航海したから、謎が解明した。

 

三浦:そうそう。ハワイの人たちは、今は皆「歴史」って言い方をするんですけど。「伝説」を「歴史」に変えたのが、篠遠喜彦先生が古代木製のカヌーの帆柱(マスト)を発掘したから。この発掘はポリネシアでは、それまで伝説とされてきたハワイアンルーツを証明する結果となったので。

 

田島:日本人がその重大な発掘をしたんですね!

 

日本にやってきたポリネシア式伝統カヌー「ホクレア号」。2007年6月、最終寄港地の横浜港にて(写真提供:内田沙希さん)

 

三浦:自分たちの文化を見失いつつあったハワイ人たちも勇気付けたんですよね。「カヌールネッサンス」とかそういう言い方されたりとか。このプロジェクトでもし同じことが起こったら、「海洋ルネッサンス」とか?呼ばれるのかな。

 

田島:そうか!そしたら「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」も、「仮説」ではなく「歴史」として、教科書に載っている未来も有り得る話ですね。

 

三浦:そしたらそれがきっかけになって、「自分たちが海と近しい存在だ」と気づけばもっと世界が広がる、視野が広がる

 

沙希:そうそう。飛行機でいけるじゃないですか、どこに行くにも。だから初めは、海は「他と隔てるもの」って考え方だったけど、カヌーで変わった。「海は繋ぐもの」って思った。世界の色々な場所に友達がいるけど、海があるから繋がっている。
 

三浦:あとは「自分たちの祖先が偉業を成し遂げた」と思えたら、自分たちに対しても、自信とまではいかなくても「誇り」として育まれて、30年後や100年後の日本人に、引き継がれて行くといいなと思います。100年以上先には、世界中に生きている人たちにまで、「人類ってこんなすごいことをしたんだ」と理解が広まれば、「人間て捨てたもんじゃない」って、これをきっかけに考えられる未来も来るんじゃないかなと思います。

 

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