プロジェクト概要

 

皆様のさらなる応援をどうかよろしくお願いいたします。

 

この度は、皆様の暖かいご支援を頂きまして、当プロジェクトは目標金額を達成することができました。心から感謝申し上げますと共に御礼申し上げます。そして残りの期間をより充実した挑戦とするため、Next Goal として80万円を目指すことに致します。


もともと、このプロジェクトは、今年も気仙沼の復興を花火を打ち上げて応援したいという思いから挑戦しました。公開直後から、想像をはるか超える皆様からの応援を目の当たりにするにつけ、今後も気仙沼を継続的に支援していきたい思いが強くなってきました。

 

この支援が、やがて復興を遂げ、元気を取り戻した時、多くの人が想い出となる為にもチャレンジします。どうぞ引き続きご支援お願いします。
 

--2017年2月7日追記 飯田国夫 

 

◆◇プロジェクトのメッセージリレー実施中◆◇

 

花火。
あなたは花火と聞いて誰を想いますか?

 

心臓まで響く轟音。

 

眼の奥まで入り込む鮮やかな光景。

 

時が止まったかのように目を輝かせながらそれを見つめる無数の人たち。

きっとだれもが一度はみたことがあるだろうこの景色。

 

それは花火が創りだす暖かい景色。

 

家族と一緒に楽しんだ花火。

 

淡い青春時代に恋人と眺めた花火。

 

一人寂しく、見つめた花火。

 

愛する人とともに見た花火。

 

花火には、人の数だけ思いが宿っています。

 

そんな花火が、2017年5月に栃木めっけの会によって気仙沼の夜空に打ち上がります。そのために皆さんのお力をお貸しください。

 

参照元:flikcr『Xiaojun Deng 第43回みなとこうべ海上花火大会』

 

気仙沼で花火を打ち上げます。
その理由をお話しします。どうか聞いてください。

 

はじめまして、栃木県の高徳花火工場代表の飯田国夫と申します。

 

私も5年前の東日本大震災で被災しました。

家の屋根瓦は崩れ落ち、あらゆるところにヒビが入り、見るも無残な姿に。

 

その後、報道で東日本各地の状況を知りました。

 

画面越しに映る、目を覆いたくなるような光景。

中でも気仙沼港が火の海となり、数日間燃えている姿は昨日のことのように覚えています。

 

その後、私は2011年4月に宮城県気仙沼の炊き出しに参加しました。

 

当時の気仙沼。参照元:flikcr「Hajime NAKANO 気仙沼の様子」

 

2011年4月29日、震災の爪痕が生々しく、

目を覆いたくなるほどの気仙沼へと辿りつきました。

 

テレビで見た以上に、その被災ぶりは激しく、まさに壊滅状態。

異様な臭い、薄暗くなった町並み、人が住んでいたのか疑問に思うほどでした。

 

そんな暗然とした気持ちで始まった炊き出し。

 

しかし、私を驚かせたのは、炊き出しを待つ人たちの表情でした。

 

震災後、間もないと言うのに長蛇の列に並ぶ人々は、明日へ向かって生きる顔をしていました。

 

そんな皆さんから返ってくる言葉は決まって  ” ありがとう ”  

 

先の見えない未来、それでも決して希望の灯りを見失わず、感謝の気持ちを持てる気仙沼の人たちの強さと優しさ。日本人の素晴らしさ。人の強さに感動しました。

 

あの時の身体の奥底から湧いてくる、

なんとも言いあらわしようの無い、胸に詰まるような思いは今でも忘れられません。

 

わたしの人生で最も、心から生きていることを実感をした、そんな瞬間だったのです。

 

その後、炊き出しを終え、被災地の皆さんに別れを告げ、

帰路の車中で考えていたことは、ただひとつ。

 

 ”なんとか気仙沼の復興に力を捧げたい "  。

 

高徳花火工場 飯田国夫。

 

しかし、具体的に何をしたらいいのかわからない日々。

 

その後も何度か被災地支援に足を運びましたが、自分に出来ることは何なのか分からない日々が続きました。

 

そんな中、一緒に気仙沼に行った仲間から、

気仙沼で花火を上げてほしいと頼まれました。

 

こんな時にいいのだろうか。普通はそう思います。

 

しかし、本来の花火の持つ意味を知る私にとっては、

これは花火屋である私に課せられた使命だと思い、引き受けました。

 

実は花火には、亡くなった人の霊を慰め、残された人を励ますという意味合いがあるのです。

 

一人でも多くの方に一生の光景を届けたい。そんな思いで動いています。

 

父の命日に気仙沼で花火を上げました。

 

そして、2011年8月19日、気仙沼で一日も早い復興を願って花火を上げました。

 

この日は奇しくも私の父の命日。

 

頑固一徹な厳しい父親でしたが、いざ他人のこととなると労を惜しまず、まるで自分の事のように尽くす面倒見のいい人間でした。

 

そして、私の先代(三代目)であり、花火師としても誇れる人間でした。
 

打ち上がる花火を見ながら、父を想い、

もしかしたら、父が私をここに連れてきたのではないかと考えました。

 

 "人のためにできることをやりなさい。"

 

というメッセージだったのではないか。

 

仲間が声をかけてくれた恩と、父からのメッセージ。

 

そして、気仙沼から届いた感謝の声。

 

その時私は、花火職人として気仙沼に貢献することを決意しました。

 

栃木に戻った私は、有志に声を掛け、

賛同してくれた仲間と共に「栃木めっけの会」が立ち上げました。

 

気仙沼、南町紫市場での花火。2013年3月17日

 

気仙沼の夜空に500発の花火を打ち上げたい。

 

そして2017年5月に気仙沼の空に500発の花火を打ち上げます。

 

震災以降、毎年続けてきました。気仙沼に花火を打ち上げることによって、人々の励みになり、子どもたちへ語り継がれる復興のシンボルになってほしいと考えています。

 

これはまでは、主に栃木の皆さんに呼びかけ、花火の費用を用意してきました。

 

しかし、同じ国に生きる私たちはなぜ地域で区切ってしまうのか。

困っている人がいたら、みんなで助ける。楽しいことがあればみんなで楽しむ。

 

そうあって欲しい。

 

そして今回、栃木県内にとどまらず、多くの方に呼び掛けることによって、支援の輪、復興の輪を広げていきたいと考え、こうしてクラウドファンディングを立ち上げました。

 

気仙沼を活力ある街に戻すお手伝いをしたいのです。そのためにも皆様のご協力が必要です。どうかよろしくお願い致します。

 

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活気にあふれた気仙沼へ

 

震災を風化させることなく後世へ伝えることも大切だと思っています。マイナスの面だけではなく、震災によって「絆」「感謝」等いくつもの言葉がクローズアップされました。

 

日本人として誇るべき精神文化を、このプロジェクトに賛同して頂く方々が、子どもたちに伝えれば、その子どもたちが大人になった時にきっと受け継がれていると思います。

 

積み重ね、継続。私たちが幸せに暮らしていくためにちっさなことの積み重ねが大切です。それを私が責任をもって体現していきます。どうかどうか応援宜しくお願い致します。

 

最後までお読み頂き本当に有難うございました。

 

もしよろしければ、あなたの大切な人にこのプロジェクトを伝えて下さい。

きっとその一歩が誰かを救うと思うのです。

 

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