プロジェクト概要

 

 私の父、今井理桂は陶芸に向き合い45年目。父には「世界一の登り窯で、千年の時を経ても人を感動させる作品をつくる」という夢があります。

世界一長い101
メートルの登り窯をつくる為、斜面を造成し、屋根を掛け22年の長きにわたり窯を積み続けています。


そんな父も今年で71歳。窯完成まであと一歩、残り7メートルのところまで来ていますが、資金の関係でそこから先へ進めません。

 

父の人生をかけた最後の挑戦、皆様のお力で父の背中を押して頂けませんか。

 

 父の陶芸人生をかけた、最後の挑戦。

 

はじめまして、陶芸家の今井理桂(いまい りけい)の娘、土屋美奈と申します。実家がある青森県は、縄文遺跡が数多く残る自然豊かな土地です。そして父はその地で陶器を焼く陶工です。

 

「世界一の登り窯(101メートル)を築窯し焚く」というプロジェクトを実行するため、平成8年にリンゴ畑と岩木山を一望できる青森県黒石市豊岡に工房と窯を移し、烏城焼(うじょうやき)として活動しております。

 

烏城焼から見える風景

 

陶芸の道に入って今年で45年となる父は、これまでも様々なことに挑戦してきました。父の背中を見てきた私は、世界一の登り窯プロジェクトも、一陶工が理想の作品作りの為に始めたことと捉えていました。

 

しかし、2005年の豪雪で窯小屋の屋根が100メートル近く崩壊した時も、二つの癌をのり越えた今も、このプロジェクトを諦めない父とそれを応援して下さっている支援者の方々を見ている内に、何とか登り窯を完成させて、このプロジェクトを成功させたいと思うようになり、資金面で足踏みをしていることから、クラウドファンディングに挑戦することを選択致しました。

 

現在、登り窯の長さは既に94メートルまで完成しております。あと7メートルです。

今回は2020年の火入れを見据え、先ずは本年中に101メートルの窯を完成させる為に支援者を募っております。

 

父の人生をかけた最後の挑戦にどうぞご支援お願い致します。

 

 

今井理桂の作陶人生

 

 

今井理桂は昭和22年、青森県南津軽郡で生まれました。高校、大学と機械科を専攻し就職しましたが平安時代に常滑で焼かれた経塚壷に感動し、26歳で陶芸の道に入りました。

 

「1000年経っても人を感動させる壷を作りたい」

という思いだけで陶芸の道に飛び込み、以来45年その目標に向かって作品を作り続けています。

 

陶芸に足を踏み入れるきっかけとなった平安時代の壷

 

千年以上残る焼き物をつくる為にはどうすればよいかを考えた時、自分が感動した平安時代の壷よりもよいものでなければならないと考え、千年前の人たちが持っていたと思われる技術の習得を目指しました。

 

ほとんど独学でした。

 

当初はガス窯での焼成を試みたものの、それでは到底古陶を追い越せないと考え、自ら築いた登り窯で、薪だけで焼成するという自然釉の焼き物にたどり着き、現在までずっと変わることなく自然釉の作品を焼き続けています。

 

烏城焼の窯で焼成された作品

                     

烏城焼は、化学的なものは一切使用しません。自然釉とは窯の中で薪の灰が作品に付着し、高温で融けて窯変またはガラス化したもので、焼成前にあらかじめ釉を掛けたものではありません。

 

すなわち自然界にある、土、火、水、木から作られる陶器は1つとして同じものは存在せず、すべて世界で1つだけの作品となります。

 

そして思い通りの作品を焼く為にはかなりの経験が必要です。人の何倍も作品を作ったのは言うまでもなく、何度も窯を造り直しては窯を焚き、築窯の技術も習得していきました。

 

 

烏城焼の窯で焼成された作品

 

 

挑戦のはじまり

 

焼き物を始めてから10年が経った頃、栃木県足利市で70メートルの大登り窯をつくり焚くというプロジェクトを立ち上げ、5年間でそれを実行しました。

 

41段 70メートルの大登り窯 飛龍窯

 

その後、新潟県柏崎市で陶芸の里を建設する事業に加わり、昭和63年から2年間で100メートルの大登り窯を完成させ、作品をつくり焚き上げました。

この2回の大窯プロジェクトがその後の焼成技術に大きな影響を与えました。

 

窯の中で、燃料である薪の灰が作品に降り積もり、それが高温になって融けた自然釉の焼き物は、灰を運ぶ炎にさらされ続けるほど複雑な発色をし、想像を超えた焼き上がりとなって見る人に感動を与えます。

 

世界最長の登り窯で焚かれた焼き物は、きっと誰も見たことのない究極の自然釉の作品となるはずです。

 

こうして父の集大成、世界最長の101mの登り窯を作る挑戦が始まりました。

 

56段100メートルの登り窯

 

 

千年後も人を感動させる壷を作る為に。
最後の挑戦

 

現在目指している101メートルの大窯は、父の生まれ故郷である青森県に築窯中です。このプロジェクトは平成8年から22年間取り組んでおり、窯は94メートルまで、完成しています。

 

登り窯のイメージ図

 

しかし多額の初期投資が影響し窯づくりが進まない中、平成17年の豪雪で150メートルの斜面にかけた窯小屋が潰れ、小屋の解体を余儀なくされました。

 

既に積まれている窯のところまで小屋をかけ直すのが精いっぱいで、しばらくの間窯は延びることはありませんでした。そして2度の癌治療で活動の制限が加わり思うように進みませんでした。

 

雪で潰れた屋根の解体作業


癌治療後、後援者の皆様からのご支援をいただき、94メートルまで延長することができ、現在に至ります。目標の101メートルまであと7メートルです。

今となっては「みんなの夢」となっているプロジェクトを、父だけでなく、70メートルの大窯時代から築窯に協力してくれている仲間も元気なうちに成し遂げたい
と、クラウドファンディングによる資金調達を選択しました。

 

窯の床張り作業

 

 

二つの癌をのり越え、なお夢への炎を燃やし続ける父の願いを叶えたい

 

私は、父の作品への想いや今までの活動など父の背中をみて生きてきました。父は、二つの癌をのり越えてなお、衰える事のない創作意欲で作品を生み出し、世界最長の登り窯で作品を焼きたいという夢への炎を燃やし続けています。

 

そんな消える事のない父の夢を何としても叶えたいという思いは年々強まり、また、長きにわたり応援して下さっている後援者の皆様と一緒に、大窯で焼成した究極の作品を見てみたいと強く思っております。

 

父を支えてくださっている方を含め、皆さんの想いをなんとか形にし、プロジェクトを成功させたいと思っています。この挑戦に、ぜひ応援お願いします。

 

 

 

経歴

 

 

昭和2212 青森県南津軽郡平賀町(現平川市)に生まれる

昭和463 足利工業大学機械工学科卒業

昭和48 陶芸の道に入る

昭和559 登り窯「朋隆窯」築窯(栃木県足利市名草上町)

昭和591 日本伝統芸能文化週間ジャパンウィーク’84”(フランス・ニース市)招待出品、訪仏

昭和601 佐賀県武雄市 古唐津系多々良焼 金子認氏に叩き手技法を師事

昭和603 栃木県足利市に「飛龍窯」(4170)完成

昭和624 シアトル桜祭りと日本文化祭(アメリカ・シアトル)セラミックアート部門招待出品

昭和6210 青森県弘前市に「鷹揚窯」築窯(登り窯:厳山、窖窯:渓泉)

平成元年7 新潟県柏崎市に世界最長の登り窯「臥龍窯」(56100m)築窯

平成24 「臥龍窯」火入れ、815日窯出し成功

平成29 青森県弘前市に転居し、三筋工房設立

平成810 青森県黒石市に窯場を移し烏城焼としてスタートする

      100mを超える大登り窯築窯に着手

平成93 平成8年度青森県芸術文化報奨受賞

平成12112000年度国際文化交流功労特別大賞受賞

平成1482002年韓国国際薪窯フェスティバルに講師として招待される

平成162 30回国際公募美術家連展 総務大臣賞受賞

平成2012 35回国際公募美術家連展 文部科学大臣賞受賞

平成2611 一般財団法人 映像と芸術の振興財団主催 41回れん展 内閣総理大臣賞受賞

平成2711 第9回弘前市文化振興功労章受章

 

​内閣総理大臣賞受賞作品「浄土への道 其の2」

 

 

支援金の使途内訳

 

みなさまからいただいたご支援は以下に大切に使用させていただきます。

・床張り済み部のアーチレンガ代 350万円

・焚き口から42部屋分の詰め口、レンガ代 80万円

・煙道レンガ代 50万円

・ボランティア交通費 2000円×30日×10人分 60万円

 


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