あの日から5年が経ちました。多くの方の命が失われた命日です。

 

<3月11日の取材より>

 

今回は私がみた限りではありますが、3月11日の様子を記します。

 

・福島県双葉町沿岸部にて

奥様とまだ赤ちゃんだったお孫さんが行方不明となっている男性のもとに行かせていただきました。この場所も原発事故により今も許可なしでは入れない場所です。毎月月命日に来て、おふたりを捜していいらっしゃいます。ここ最近、双葉町の沿岸部は工事がかなり進んできました。いいことではありますが、いまだ見つかっていない方たちを捜すことのできる場所が少なくなっていることも意味しています。

 

警察庁の発表で震災による行方不明者は2561名。この数の何倍もの方たちが、今も愛する人の帰りを待ってます。

 

 

・福島県浪江町沿岸部にて

東日本大震災被災地では、震災以降1年のうちでもっとも捜索が行われる日でもあります。浪江町では今年も各県警、地元の方たち、消防団が集まり捜索を行っていました。

福島県警はこれまで毎月月命日には集中捜索を行い続けています。あるとき福島県警のかたが言っていました。「月に1回だけでなくもっとやってご家族の元に早く帰してあげたい。けど、多くあるほかの業務もおろそかにはできないし、やはり限界がある」。

宮城県の河北警察署はこれまで「毎日」捜索を欠かしていません。私が知る限り、今毎日捜索をしているのは河北署だけです。河北所管内には石巻市立大川小があります。捜索の中心は大川小周辺に地域です。とはいえ通常捜索にさける人数は数人ほど。それでも本当に頭が下がります。「捜索担当」として毎日来ていらっしゃる警察官の方がいます。「わたしも来春には異動になるかもしれない。それまでに、なんとかこの区域を捜し尽くしたい」と、昨年末には話していました。

この日の浪江町の地元消防団の捜索には、福島県内陸の本宮市の消防団も加わっていました。総勢で数百人。しかし、原発事故の影響で団員たちも地元を離れて捜索を続けるのが難しくなっているため、震災の発生から5年を迎えるこの日を最後に捜索はついに打ち切りになるということです。

 

3月11日、福島県浪江町で捜索をする消防団たち

 

昨年12月、石巻市長面地区を捜索する河北署員

 

・南相馬市原町区にて

萱浜の上野さんのお宅にお邪魔し、手を合わさせていただきました。この日にあまり邪魔はしたくないと思いつつ、手だけあわさせていただきました。そのときちょうど、永吏可さんの小学生の同級生たちが手を合わせにきました。永吏可さんのことを忘れず、こうして来てくれる子たちに感動しました。震災時小学校2年生だった彼女たちは今中学1年。制服を着、小学校の卒業式で見た1年前から比べてもさらに大人になった同級生たち。「ありがとう。いつでもまた来てね」。上野さんはそういって訪れてくれた彼女たちを見送りました。

 

 

上野さん宅でお線香をあげ手を合わせる永吏可さんの同級生たち

 

震災から何年・・毎年この時期になると報道が多くなされます。でも、ここでいつも聞くことは、「ここでは毎日が3月11日」だということ。あの日からずーっと毎日毎日続いています。

 

 

銀座NikonSalonにて開催中の写真展「もう一度だけ/ One last hug ー津波に奪われた命ー」は残り2日となりました。すでに多くの方にご来場いただきましてありがとうございます!3月15日まで(最終日は15:00まで)です。

 

 

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