スプリンガー(奥のちびっこ)と親戚のお兄ちゃん

 

 

今から12年前、2002年1月のこと。

アメリカのピュージット湾(シアトル近く)で幼いシャチがひとりぼっちでいるところを発見されました。
野生のシャチに詳しい人たちは驚き、とても心配してこう思いました。

「いったいどこの子だろう?」

 



すぐに専門家たちにより身元の確認が行われました。


野生のシャチは数が少ないため、沿岸に住むレジデントタイプのシャチはほとんどが個体識別されており、研究の盛んなところでは研究者用に群れの家系図まで作られています。
しかしいくら家系図をたどっても現地アメリカの群れには該当する子シャチは見つかりませんでした。




困り果てた研究者は水中マイクを沈めてびっくりしました。


その子はアメリカではなく、遠く離れたカナダのシャチの方言をはっきり使っていたからです!!


 




アメリカの研究者からカナダのオルカラボ(私がいる研究所)に鳴き声データが送られてきました。
ポール・スポング博士の妻ヘレナさんはそのデータを聞いてすぐ、その子が誰であるかを突き止めました。
子シャチはそれくらいはっきりとした方言を使っており、私たち人間にも瞬時にそれがわかるくらい鳴き声の研究は進んでいたのです。

 


その子シャチがこの実話の主人公「スプリンガー(個体識別番号・A73)」です。


カナダ北部の群れに所属する当時2歳のメス。


野生のシャチのメスは寿命が長く、平均60歳くらいまで生きます。

今生きている中で最高齢のシャチは103歳です。なのでシャチの2歳も人間の2~3歳とほとんど変わらない幼さであると考えられます。

 

 

スプリンガーは2000年にA24sという家族に生まれました。

翌2001年。夏になりA24sがサーモンを追ってまたジョンストン海峡に戻って来たとき、2頭足りなかったのです。

すぐに私たちは思いました。

「A45と赤ちゃん(名付けられる前のスプリンガー)は死んでしまったんだ…」

シャチが家族の中にいないということは、ほぼ死を意味するくらいシャチは家族の絆が強いのです。

 

 

しかし、翌2002年1月。
冒頭に書いた通り、スプリンガーはひとりぼっちでアメリカの海で発見されました。



身元は判明したものの、これからどうするか人間たちはいろいろ話し合わなくてはなりませんでした。

いろんな人からいろんな意見が出ました。自分でやってきたのだから自然に任せて放っておくのが良いという意見、まだ幼く身体も弱っており、生きるのが困難だから水族館で保護しようという意見、そしてせっかく身元が判明しており残りの家族も生きている。カナダに連れ戻せないか?という私たちの意見!

 


発見当時のスプリンガーはガリガリに痩せており、皮膚炎も煩っていました。
しかし成長するのは早いもので、人間たちが「ああでもないこうでもない」と対策を練っている間に、少しずつ魚を捕るのが上手くなっていったのです。
栄養状態が回復すると皮膚炎も少しずつ良くなっていきました。

すると、健康になったスプリンガーはヒマになったのです…。

 

 

シャチは仲間同士でころころよく遊ぶ動物です。
でもひとりぼっちのスプリンガーは家族も友達もいませんので、丸太を遊び相手にしました。


適当な大きさの丸太を見つけると、上に乗っかってグググッと水中に沈めていきます…
そしてパッ!と離れると、丸太がぷか〜っと浮いていきます。


でもこれは非常に危ない遊びだったんですね、付近でカヤックを濃いだりしている人たちにとっては。カヤックだけでなくボートのプロペラ付近にも丸太を突っ込まれたりしたらエンジンが壊れますからたまったものじゃありません。

 

さらに!
シャチは仲間どうしでよく身体をこすりあうのですが(マッサージ的な?)ひとりぼっちのスプリンガーは身体をこする仲間がいませんのでそのへんの船底でこすり始めました。


これではいつボートのプロベラに巻き込まれて大惨事になるかわかりません。
危ない!!

 

とりあえずここには置いておけない。そしてなんだかんだで生命力も強そうだ。

せっかく身元も判明している事だし、カナダにいる仲間のもとに返そう。という結論になりました。スプリンガーは人間の手によってカナダに帰る事になったのです!

 

 



しかしこれは前例のないプロジェクトでした。
それまで身元不明のシャチが海に帰されたことはあったのですが(野生のシャチとして死にましたが仲間には巡り会えませんでした)、少なくても1年以上群れから離れていた子シャチを、果たして仲間たちは憶えていてくれるのだろうか?



しかし、野生のシャチを知っている人たち、特に専門家たちはこう思ってもいました。
「そこは仲間を大事にするシャチを信じよう!」

 


このプロジェクトはカナダとアメリカ2カ国にわたるものでしたが、政府、専門家、地元の人々、マスコミなどたくさんの人がこの1頭のシャチのために固く手を結び、2002年夏、壮大なプロジェクトがスタートしたのです。



 

 

2002年7月。
仲間がジョンストン海峡に戻ってくるタイミングを待って、スプリンガー帰還プロジェクト開始!

 

 



現地時間、7月13日午前5時。
テレビ番組の生中継、上空にはヘリという環境のなかでスプリンガーは箱詰めにされて高速船に乗せられ、アメリカを出発しました。



カナダ側では、わたしたちの研究所オルカラボから徒歩20分くらいの入り江にいけすを作り、到着を待ちました。

スプリンガーがお腹がすかないように現地の先住民族の人たちがたくさんの天然サーモンを生け捕りにしてくれて、いけすを満たしてくれていました。


同日午後6時半、無事にスプリンガーはハンソン島に到着。
いけすに入れられ、仲間が来るのを待つ事になりました。


スプリンガーを運んだ高速船(奥の白と青のやつ)

 

到着したスプリンガーは旅の疲れも見せず、とても興奮した様子で跳ねまくっていました。

いけすにたくさん入っていた生け捕りのサーモンもモリモリ食べました。
もっと成長した個体の移動の場合、自身の体重により内蔵に負担がかかったりしますがスプリンガーの場合は小さかったため、体重による負担はほとんどなかったようです。

 

その夜、さっそく仲間がやってきました…。


 

 




迎えに来たのは、たまたまいけすの近くを通ったとても近い親戚の群れでした。
スプリンガーはずっとぽつぽつ鳴いていたので、声を聞きつけたらしい親戚の群れがいけすのほうに近づいてきました。

 


水中マイクで鳴き声を聞いていた私は、シャチたちが激しく興奮しているのがわかりました。
親戚たちはスプリンガーと共通のいちばんわかりやすい方言「wee a wu」を、全員で大合唱しはじめました。


 


入り江の上の崖で待機していたスタッフは、スプリンガー側の水中マイクを聞いていました。
おそらく1年以上ぶりに身内の声を聞いたスプリンガーのほうは、同じ方言「wee a wu」を返すかと思いきや…

ふだん完ぺきに使える方言がまったく使えなくなってしまったのです!


スプリンガーはただただ、いけすの向こうもに向かって「オウッ、オウッ、オウウッ」と何度も何度も、ほんとうに何度も…大きく叫び続けるだけでした。

 


待機していた私たちはすぐにでもいけすの網をおろしたい衝動にかられましたが、実はこれが午前2時の出来事であったため、暗い中での作業は避けたいというプロジェクト指揮官の判断のもと、解放は翌日にもちこしになりました。
オルカラボの前を巨大な豪華客船が3隻も連続で通過し、すさまじいエンジン音でシャチたちの鳴き声は聞こえなくなりました。

全ての豪華客船が水中マイクのエリアから去ったとき、親戚たちはいなくなっていました。



 

 


翌7月14日。

「夜中に仲間が迎えに来たらしい!」という情報がまわりまわってしまったため、なんとスプリンガーのいけすのまわりはボートだらけ!!いちおう一般ボートは入れないように規制されてたはずなんですけど、研究者や報道のボートだけでこの有様。



しかしそんな中、親戚のシャチたちは再び入り江にやってきたのです。


 

 

オルカラボで親戚たちの行動を水中マイクで追いながら作業をしていた私は、現地にいた博士から緊急無線連絡を受けました。

「録音はテープを回しっぱなしで放置して、今すぐ入り江に来なさい! 」

 


私と他のスタッフは入り江に走りました。(このときいったん合流した博士にデジカメを貸してと言われて貸してしまったので、このあとの場面で自分が撮影した画像はないんですが…泣)


海岸沿いはあまりにも人が多かったので邪魔にならないよう崖の上にのぼり入り江を見下ろすと、大きなオスのシャチの姿が見えました。
私は驚きました、迎えに来たはずの親戚に大きな大人のオスなんていないからです。

 

実は迎えに来た親戚の群れは、メスと子どもだけの群れだったんです。
そこにたまたまいた友達の群れ(スプリンガーと血縁関係はありません)の中に大きなオスがいました。
そのオスは自分自身の家族を安全な入り江の外に待機させておいて、スプリンガーの親戚の群れを先導するようにして、入り江の中に入って来ていたのです。


ボートも人間もびっくりするくらい居て、さらに1年前いなくなったと思われた子シャチがなぜか囲われている入り江。

安全なのか危険なのか、シャチたちに判断するすべはなかったと思います。
私たちは群れにおけるオスの役割が何なのかわかった気がしました。

 

 



彼らは野生のシャチで力も強いので、いけすまわりの人間を襲う事も、いけす自体を破壊しようとすることも、もしやろうと思えばできたかもしれません。


しかしこのとき、迎えに来た親戚と先導したオスがとった行動は
「入り江の半ばまで進んで静かに止まり、全員で横一列に奇麗に並んで浮かび、そのまま静止して人間の出方を待つ」
というものでした。


 

 



このプロジェクトの指揮官である研究者がゴーサインを出し、網がおろされてスプリンガーはいけすから飛び出ました。


ものすごいスピードで親族のもとへ一直線に泳いでゆくスプリンガー!!

 

 


わたしたちは張りつめていた緊張がとけ、感動で号泣しながら、仲間のもとへ消え行く小さな背びれを見送りました。


ところが。


 



スプリンガーは親戚の前までくると、突然ピタッと止まりました。


親戚家族と先導オスはスプリンガーが解放されたのを確認するとゆっくり方向を変え、入り江から出てゆきました。

あっち、こっちと方向を迷うそぶりを見せていたスプリンガーは、ちょうど浮かんでいた丸太にちょっとだけ興味を示し、なんと最終的に親戚たちとは逆方向に進んでいってしまいました…。


 

 




何が起こったんだろう?
感動の涙も止まり、わたしたちは大混乱しました。


スプリンガーはどうして群れの中に飛び込まなかったのだろう?


あれだけ興奮していたのに?昨夜あれだけ鳴き交わしていたのに?

 

でも本当は私たちは考えないようにしていた不安要素がひとつだけありました。
考える理由はたったひとつ。

 

 



知っている海に帰って来たスプリンガー。


おそらく1年以上ぶりに聞いたたくさんの仲間たちの声。


しかし勢い良く飛び出て懐かしい声のもとにかけつけてみれば、そこにはお母さんがいなかったのです。




 

 



シャチは人間の脳の4倍もある大きな脳みそを持っています。


大きいだけでなくしわも複雑に入り組んでおり、脳を活発に使う動物であることがわかります。


本能のみで動く動物ではなく、生きる中でこの複雑な脳を使う必要があるいうことです。

 




しかしその複雑な脳があったとしても、たった2歳のスプリンガーは母親が死んだことを理解していなかったのかもしれません。


故郷の海に帰ったスプリンガーでしたが、その後しばらくは、ある場所でぼつんと浮かぶ姿が何度も目撃されました。


その場所は東西南北の音がよく聴こえ、シャチたちが仲間の家族を待つ時に、聞き耳をたてる「リスニングスポット」として研究者の間で知られるところでした。


母の声が聞こえてくるのを待っていたのでしょうか。

 

 



しかし、故郷に帰って来た以上、スプリンガーは本当のひとりぼっちにはなりませんでした!

 


7月15日。


ジョンストン海峡の生態保護区にすべすべした丸い石がたくさんあるビーチがあります。
Rubbing beachと呼ばれ、ジョンストン海峡のシャチたちはここの石で身体をこすり、リラックスした時の鳴き声をあげます。


その場所に連れて行ったシャチがいました。

A55という若い個体です。このシャチは入り江で親戚を先導してくれたオスの家族でした。

その日、はじめてスプリンガーはジョンストン海峡のシャチと再び交流することができました。
しかし、少し時間をともにしてまた離れる、という行動を繰り返しました。

 

 




7月17日。


A36sという大きな三兄弟が、リスニングスポットで浮いていたスプリンガーと少し鳴き声を交わしました。


するとスプリンガーは、彼らとともに泳ぎ始めました。


三兄弟の1頭がスプリンガーの真横を泳ぎ、ほかの2頭がそれを挟むようにして、絶対に誰にも触らせないようなボディガードっぷりで他の多くのシャチたちが集っている場所へ連れて行きました。


 

 




そのシャチたちが集っている場で出会ったのが、子供をなくしたばかりのあるメスです。
A51という個体で、魚をとってあげたり、危ないボートに近づかないようガードしたり、何も知らない人間から見るとまるで実の親子のように世話をしていました。


そうやって2週間ほど行動を共にしましたが、完全に新しい家族となるには至りませんでした。このメスとスプリンガーは方言が違ったため、スプリンガーにとっては仲良くしてくれる相手ではあっても「家族」という感じではなかったのかもしれません。

 

 





最終的にスプリンガーが行動を共にする事にした家族は、同じ方言を話す親戚の群れ、A11sという家族でした。

お母さんが亡くなっているスプリンガーはメスであるため、すでに自分ひとりの群れのリーダーですが、それでもA11sの家族やあのとき迎えに来た親戚とは基本的にずっと一緒で11年が経過しました。




 

 

 




11年後の2013年。
13歳のスプリンガーは、お母さんになりました。
(ちなみに平均よりほんのちょっと早いです。笑)

 

そして今年2014年、スプリンガーの元気な姿が今年も確認されました。

12年前のあの日入り江の中まで迎えに来た親戚の群れのなかで、去年生まれた赤ちゃんと一緒に元気に泳いでいます。


 

 



あのときカナダとアメリカが手を結んで、研究者、漁業局、マスコミ、先住民族、野次馬、みんなが一丸となって救ったのはたった1頭のシャチの命のはずだったけれど、これからまた1頭、また1頭と子供が生まれ、その子がまたお母さんになって子供を産んだら、わたしたちが救ったのはたった1頭じゃないかもしれません。

 

 



7月30日に日本を発ちます。


シャチの集まるハンソン島へ向かいます。


今年もよろしくお願いいたします。

 

 




野生のシャチをはじめとするたくさんの生きものが生きていける海と自然を未来に残していくために。

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