僕の夢は「世界中のこどもたちが平等に教育を受けられる世界をつくること」です。

 

僕はかつて「学校の先生」を夢見ていました。中学校の先生か高校の先生のどちらがいいだろうか、教科は英語か数学のどちらを教えようか、そんな風にぼんやりとした夢を抱きながら中学生活を送っていました。なぜなら、人に教えることが好きだったから。そして、一人一人の子どもの人生の羅針盤となれる職業が「学校の先生」だと思っていたからです。

 

その志が揺らいだのは、中学3年生のときでした。第1章のStoryに書いたように、当時取り組んでいた、募金活動によってタイの山岳地帯にあるファイコンという村に学校を建設するプロジェクトを通して、世界の子どもたちの現実を初めて直視したことがきっかけです。彼らは、十分とはいえない教育環境の中、片道何時間もかけて徒歩で学校に通い、必死で自分の未来を切り開くために学ぶ。しかし、世界にはその学校すら存在しない地域がある。その現実は、21世紀の日本で不自由なく育った僕らには想像を絶するものです。それと同時に、そのような現実を知ったことがショックであり、知らなかった自分を恥じました。

 

<タイ ファイコン村のこどもたち>

 

 

<ファイコン村の中学校に贈呈した笑顔のモザイクアート>

 

生まれた国、宗教、性別、身分、格差。それらによって教育を受けられない世界が、存在してよいのでしょうか。学校という場を奪われ、あらかじめ定められた未来しか用意されていない世界に生きる子どもは、羅針盤を持つきっかけを与えられずに育った子どもは、一体何を夢見て、何を目標に生きればよいのでしょうか。

 

そう考えたとき、僕の中で考えが変わりました。

 

「同じ地球人として、世界の子どものために生きよう。」

 

人間としての原点は、教育にあると思います。
知識を学ぶ以上に、友達から他者との関わり方を学び、自分と向き合い、価値観を育む。
自分の得意なことや実現したいことは何か、自分はどう社会に貢献するのかを考える。
それではじめて、夢が生まれる。

 

僕らは、生まれる時代や場所、親や環境を選ぶことは出来ません。
でも、そこからどう生きるかの自由という権利は、誰にでも保障されているべきです。
たまたま日本という国に生まれ育った僕らには、世界の現実から目を背けることなく、この人としての原点を忘れず、世界の子どもが平等に教育を受けられる世界を実現させる責任があります。そうして育った子どもが国際社会をつくるとき、そこに本当の意味での平和が生まれるのではないでしょうか。

 

僕の夢は、「世界の子どもに夢を与えること」です。

 

 

 

 

 

(第3章へ、、)

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