これから数回に渡って、フィリピンの視覚障害児教育の状況を紹介していきたいと思います。まずはフィリピンの福祉関連法の制定と現状について3度に分けてお伝えします。

 

アジアの多くの途上国では1990年に「万人のための教育目標」が掲げられ、1994年にサラマンカ宣言が発表された後、障害者やマイノリティの権利を保証する法律が制定されていますが、フィリピンで最初にそのような法律が生まれたのは1982年と比較的早いのです。1982年に制定されたのは、全ての人が公共施設をバリア無く利用できるようにすることを約束した「アクセシビリティ法」です。 続いて、1992年には、サラマンカ宣言より2年早く、障害者の権利を保障する「マグナカルタ」が制定されていますし、2003年から2012年は「フィリピン障害者の10年」と言って、障害者が住みやすい国へと改善して行くと大統領が宣言しています。

 

障害者の権利保障法として1番メジャーなマグナカルタを詳しく見てみると、 教育の平等や就職率を平等にすること、また平等な社会を実現するためにインクルーシブ教育を導入することなどが書かれています。かなり細かい部分まで規定されていて、もしこの法律が本当に機能していれば、フィリピンは福祉大国になっていたかも知れません。ただし、フィリピンでは「法律はサゼッション(提案)だ」と揶揄されることもあるほど、実際にはほぼ機能していない法律が沢山あります。マグナカルタもその1つです。

 

たとえば、マグナカルタのセクション12には、 『和が国は全ての障害者に教育の平等を保障する。特別なニーズを持った人々が教育にアクセスできるよう、受け入れ学校の設備や教材を整えることに尽力する。もし学校あるいは学科が障害を理由に障害者の受け入れを拒んだならば、それは違法である』と書かれています。

 

このような法律がある一方で、2002年にとある大学が、入学基準を満たしている7人の視覚障害学生の受け入れを断っていたりしますし、私自身、2012年にフィリピン大学から正式な留学生として受け入れることを断られています。

 

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