私が安藤美紀さんと出会ったのは、去年の5月のこと。


(鹿児島初の聴導犬普及のための講演会のときの二人)


Facebookで美紀さんからメッセージをもらったのが始まりでした。

 

何気なく届いたメッセージを開くと、そこには、

 

『人違いでしたら申し訳ありません。

おそらく、お父様が私を育てて下さった恩師である浜崎先生と思われます。』

 

とありました。

 

私は父が聾学校で働いていたことは知っていたので、

すぐに父の教え子さんに違いない!と思い、返信しました。

 


メールで話を進めていく中で、

美紀さんが聴導犬普及のために講演をするたびに父のことを思い出していたこと、

父が熱心に教えてくれたおかげで、今綺麗に発声できるようになって感謝していること、
また会える日が来るのであれば、お礼を言いたいと思っていること、
いろんな気持ちを伝えてくださいました。

 

 

私と美紀さんがつながったことで美紀さんと父もつながり、

二人は何十年ぶりに連絡を取り合うことができました。

 

(何十年ぶりに繋がった美紀さんと父は、手紙でやり取りを・・・)
 

小さい頃から私は、

父が聴覚障害のある生徒さんたちに、

どのように発音したらいいか熱心に教えている姿や、

いかに教えようか様々な方法を考えている姿を見ていたので、

 

美紀さんに、

 

『綺麗に発声できるようになったのは先生のおかげ。

今私があるのは先生のおかげ』

 

と言ってもらって、

嬉しくて嬉しくて涙が止まらなかったのを今でも覚えています。

 

父が夜遅くまで生徒さんたちのために、発声練習のために使う道具を作っていた苦労が報われたと思ったからです。

 

 

父は生徒さんに対してきっと厳しかったと思います。

 

綺麗に発音できるように、必死で練習させたことでしょう。

辛くって泣きたい時もあったはず。

厳しい父を恨んだこともあったはず。

でも、そんな厳しい発声練習を乗り越えたからこそ、美紀さんの今がある。
きつかったけれど、そのきつさがあったから今がある。
それに気づき、感謝してもらえることが私は何よりも嬉しかったんです。
 

 

耳で音を聞いて普通に発音できる私たちにとって、

発声練習がいかに大変なものか、想像つかないでしょう。

 

音の確認ができない中で、発声練習を繰り返し、

正しく音が出せているかわからずにコツをつかんでいくことは

本当に大変なことだろうと思うのです。
 

 

美紀さんと私はFacebookで繋がってから、

毎日のように連絡しあい、あっという間に意気投合して、

気が付いたら仲良し姉妹のようになっていました。

 

 

いろんな話をする中で、獣医師であり、父の子でもある私は

 

『聴覚障害のある人が健常者と同じように不自由なく仕事をして生きていってほしい』
と退職するまで一生懸命そのことだけに突っ走ってきた父に、

 

今卒業生が一生懸命頑張っている姿や父を感謝している気持ちを伝えたくて、

私と美紀さんで父へのサプライズプレゼントをしよう!と提案したのです。

 


これが私と美紀さんのかごしまでの聴導犬普及のための講演会開催計画の始まりでした。
 

 

ただ・・・
この計画は決してスムーズには進みませんでした。
 

 

このお話はまた次回・・・

 

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