先週、まちづくりを取材する高校生達のインタビューで、ぽろりと出したカレーの話に結構な時間を使ってしまった。
無性にうまいカレーが食べたくて、この夏にまちの仲間達と開催した町内カレーバトルの話。素人ながらスパイスを取り寄せて試行錯誤したり、古民家でカレーなる音楽をBGMに食べ比べたり、久しぶりに仕事以外で没頭してあそんだ気がした。
何か社会的な目的があったわけではないし、この取り組みが仕事につながるわけでもないけれど(巡り巡っていつかまちにカレー屋ができるかもしれないが)、小さいながらも自分たちでつくる楽しいあそびだった。

 

 

今年訪れたスペインのバスク地方(美食のまち!)では、地域のおっちゃん達がつくる美食倶楽部が点在していた。100年以上続くこれらのコミュニティは、おっちゃん達の秘密の「あそび場」。毎週日中から集い、皆で料理を作りあい、飲みまくり、中二のノリで語り合う。陽気でチャーミングな高齢者がいるまちは元気があるし、そこに「楽しい」以上の理由はなかったりする。

旧市街に150店ほどあるバル巡りに欠かせない多種多様なピンチョス。これはバスク人労働者達の仕事後のちょい飲みの中でDIYされたもので、これも限られた資源を駆使した「あそび」の産物だ。
そんな土壌の上に、料理人や食に関わる人同士の「相互に学び合い高め合う」「次世代を育てる」文化が積み重なっていった。スローフードや地産地消的な義務感というよりは、バスク人という民族意識が一体感と負けん気を持って、テクノロジーも駆使した新たな「あそび」の発明を繰り返しているような感じだった。

 

余談はこのくらいにして、タイトルの「Play or Die?」に戻ろう。
訳すると、「あそぶか、さもなくば死か?」。
いささか強い表現すぎるけれども、もしかしたら近しい未来がくるかもしれない。

 

まず大前提としての、全くもって「先の見えない時代」。
市場のニーズとか、計画、言語化できる領域のコモディティ化(陳腐化)が爆速で進んでいく。従来型の仕事や教育は、そのままの構造では成り立ちにくくなってくる。
そんな環境では、大きな流れ以上の未来予測に頼りすぎず、よくわからないけどワクワクすることや、ドキドキするコミュニティに五感を委ねてみるのも一つ。
あそびからはじまる探究と学習の繰り返しが、自己表現として形になったり、コミュニティの中で文化となったり、目的性を帯びてビジネスのイノベーションを生み出していく。

 

そして上記を加速する、恐ろしいほどの「テクノロジーの進化」。
モノやサービスを生み出すコストが限りなくゼロに近づき、資源配分の最適化が進み、資本主義が次の形へとバージョンアップされていく時代のうねり。
誰も確実な予測はできないが、もし「稼ぐためだけに働く」「決められたことだけを学ぶ」ことが次第に終焉を迎えるとしたら?
仕事はAIがやってくれるし、もう暇すぎてホントに死ぬかもしれない。
そうだとしたなら、「ワクワクを探究していく」という人間らしさは、これ以上なく重要になっていくように思う。Schoolの語源が、ギリシア語の「暇つぶし」と言われているように。
未来の仕事はあそびから生まれてくるかもしれないし、あそびに溢れているまちがこれからの世界を引っ張っていくのかもしれないのだ。
(余談だが、一見非合理的と思われるような手仕事や里山暮らしも、未来では今以上に求められている可能性は大いにあると思う。暇をつぶすためにあえて、もしくは、人類の身体が野生を取り戻すために。。)

 

まとめると・・・
「Play」は21世紀の人類にとってのOS(基礎的な機能)になる。
そんな姿を想像している。
きっとそんな時代において、「Playする」という言葉は、スポーツ選手やミュージシャンだけじゃなく、学ぶことにも働くことにも、暮らすことにも使われるようになっているはずだ。
そして、すべての職場も学校も、いつかあそび場になる。

 

今回クラウドファンディングで挑戦している「ただのあそび場」では、そんな未来に向けた小さな一歩を踏み出したい。
綺麗に計画、言語化しきれない取り組みでもあり、クラウドファンディング的にはドキドキものだ。
もし少しでもワクワクを感じていただけた方!予測不能な長い旅路を、ゆるゆるとご一緒するあそび仲間に参戦表明いただけたら嬉しい。

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