ジャーナリスト 長井健司さん

「ミヤンマーで亡くなった長井健司さんについて」

 

今日は、ふたり全国ツアーの移動日で、高知から再び今治に向いました。

今治は、ミヤンマーで亡くなられたジャーナリスト長井健司さんの故郷で、お墓があります。2007年ミヤンマーでの民主化運動を取材している際に、政府軍の兵士により、射殺されました。いまだに、長井さんのカメラは返却されていません。

 

今日、ふたりの石崎紀彦と共に、お墓参りをしてきました。

 

ボクの父が新聞記者でもあり、世界の人々の平和のために活動していたジャーナリストが亡くなられた事は、当時、非常にショックを受けました。

その時、「ふたり」と話し、長井さんの熱い想いに答えるため、また社会に長井さんの事を忘れてほしくないと思ったので、「君への手紙」という、長井さんにも、送る曲を作り、「ふたり」のファーストアルバムに収録しました。

そして、前回の「空へ 全国ツアー」で今治に立ち寄る事ができ、長井さんの墓前で、「ふたり」が「君への手紙」を歌い、長井さんへ捧げました。この模様を地元のテレビ局に取材していただき、ニュースで報道され、ボク達の想いを、テレビを通じて、多くの方々にも伝える事ができました。

ミヤンマーでは、その後、歴史の時計が動き、アウンサンスーチーさんが、実質、政権を把握しましたが、政府軍の排除には至っておらず、「本当の意味での自由」はまだ完遂されていない状況です。また仏教徒が大半を占める国内事情の中で、イスラム教徒であるロヒンギャの人達は、虐待され、国を追い出され、多くの難民となり、世界的にも大きな問題として、とらえられています。

ロヒンギャの、ごく、一部の人たちが反政府的な活動をしていたこともあり、問題は複雑を極めています。ただ、多くのロヒンギャの人達が難民となり、避難所テント生活を送っているのは事実です。また、仏教徒である国民の多くも、すべての国内問題が解決できている訳ではありません。

2007年当時、長井さんは、民主化運動を取材されていました。長井さんの言葉に「誰も行かないところに誰かが行かなければ」と語り、多くの戦地にも取材に行かれていました。世界の人達が争い無く、自由に生きてゆく事を望んで、世界に現状を伝えなければ!と感じられていたに違いないと思います。

当初から、長井さんの事を知る度に、シンパシーを感じていました。趣味でギターを弾き、歌う事を趣味にされていたそうです。

 

現在行なっている「ふたり 太陽 全国ツアー 手を取り合って進もう!」では、タイトルからも、わかるように、日本、そして世界の人達が、平和に手を取り合い、助け合い、進んでいく事を目指し、また被災地の支援に加え、世界的に有名な人権団体AMNESTY internationalとも、難民を救うためのキャンペーンも行なっています。ミヤンマーの人達、ロヒンギャの人達が、平和に手を取り合って進める日が訪れるよう、願ってなりません。

きっと、長井さんも、空の上から、見守ってくれていると感じます。

墓石に刻まれている長井さんの優しい笑顔を見ると、そんな事を感じます。

そして、長井さんの妹さんに、ふたりの「太陽」のアルバムを渡すために連絡を取りました。そして長井さんへの想い、ふたりの被災地での活動、AMNESTYとの活動、日本、そして世界の平和を願っている事などをお話させていただき、アルバムをお渡しする事になりました。妹さんは大変、感動していただいたようで、「ぜひ次回今治に来られるときは事前にご連絡くださいね」と、おっしゃっていただきました。

 

長井さんの想い、ふたりの活動の想い、合わさって、チカラになって、音楽を通じて、この世界に伝え続けようと思っています。

 

皆さんのこのプロジェクトへのご理解と、ご支援をよろしくお願い致します!

 

avion records 代表

NORIO

 

 

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