代表の海部陽介です。本日まで約20日が経過しました。現時点で、189名様より6,757,000円ものご支援をいただいており、とうとう22%まで届きました。クルーの皆様はもちろん、大勢の方々が日々SNSでの情報拡散や口コミでの周知をしていただいているおかげで、ここまでたどり着くことができています。本当に心より感謝しております。

 

さて、本日は「本番」の「漕ぎ手キャプテン」である、原 康司(はら こうじ)さんにインタビューを行いましたその破天荒な活動歴を聞くと、「自然の中での人のあり方」のみならず、「3万年前の世界」へのヒントが垣間見えるようです。だからこのチームは面白い!原さんからは、意外な答えも返って来ました。是非お読みください!

 

原 康司。1972年山口県出身。漕ぎ手キャプテン。

 

「俺はもっと遠くに行ける」高校時代の自転車旅から世界へ

一 原さんが今のような活動を行っているのは、もともと自然に囲まれた環境の中で育ってきたから、といったような理由ですか。

 

僕が生まれたのは山口県といっても、街場に近いところで、自然と接する機会が少なかったんですよね。どちらかと言うとコンビナート地帯というか、そういう環境で育ってきたので。

 

一 どこかでその当時の生活と相反する感情が芽生える瞬間があったのでしょうか。

 

何かへのアンチテーゼみたいな、高尚な考え方はないけど、「何となくおかしいぞ」、みたいなのは抱いていましたね。小学校の頃、『光化学スモッグが出たから中に入れー』とか言われるような環境。だけど、学校行事に林間学校があって「空気が綺麗だ」、「食い物が美味しい」って感じたんですよ。今の生活に不自由はないけれども、自分が生きているところとは、全然違う世界が周囲にあるんだなって、気づきました。

 

一 具体的に行動に移したのはいつ頃ですか。

 

そう、それで、高校の18歳の時に、どっちも2週間くらいで、「九州一周」して、「四国一周」して(笑)。それで、日本一周しようかなと思ってたんだけど、日本の道って、すごく狭くて、車も多いしね。だったら、もっと広いところに行きたいって、19歳でアメリカに行ったわけ。ロスからマイアミまで2ヶ月でアメリカ横断全部ほとんど野宿で。

 

一 すごい!!2ヶ月間も一人で寂しくなかったですか。

 

ロスから出ると砂漠地帯に入る。そこで、キャンプしてたらすごく寂しくなって。「何でこんなことやってたんだろう」って(笑)。テントの中で夜、寝とったんだけど、寂しすぎて「わあああ!」って思わず外に飛び出た。ほんだら、砂漠の中で何も光のない中で、星がすごかった。見たこともない星が空にあって、その時に、「ああ、この場所で今、この星を見ているのは俺しかいないな。これは、『寂しい』じゃなくて『自由だ』」って思ったんだよね。「生きて行くことに対して自分は自由なんだ」って、旅をしながら気づいた。

 

 

「人の造ったものの上じゃないところを進みたい」海の世界へ

一 「自由になりたくて旅に出た」じゃなくて、「旅を通じて生きることは自由だ」って、すごい気づきですね。だけど結局、海に行くのはいつ頃から?

 

アメリカ横断した後、気づいたんだよね。自転車だと道の上しか行けないでしょ。だから、「人の造ったものの上」しか走れないから、もっと自由に奥深く入って行けるような旅の手段はないかな、と思った時に、カヌーと出会った

 

 2018年 台風が残したうねりの中を漕ぐ。台湾沿岸の海の難しさを実感した実験だった。

 

一 「航海プロジェクト」の漕ぎ手になったのはいつ頃ですか?

 

一昨年の12月くらいだったかな。内田さん(※ 現・漕ぎ手監督・内田正洋さん)から、有無を言わさず「来い」と(笑)。

 

一 そこは「はい、行きます」と?

 

いや、「一応スケジュール見ないと…」って(笑)。

 

一 以下の動画を共有いただきました。漕ぎ手の視点から撮影されているので、とても臨場感があります。「櫂が海をかく音のリズム」、「海面がうねりこちらに迫ってくる」ようにも感じ、ここで漕ぎ続けることの体力以上に、「メンタリティ」の部分についての想像が膨らみます。

 

▲2018年 海部博士も加わっての航海実験動画(海部代表が漕いでいるところは貴重な映像)。このあと黒潮に入ると更にうねりが高くなり実験は途中断念せざるを得なかった。

 

「海を学ぶには終わりがない」と言うか、一生やり続けるしかない

一 原さんが、以前「海を学ぶ」ことを「チャレンジ」と呼んでいました。そう捉えるのはどんな考え方からでしょうか。

 

そもそも海に出ないことが一番安全なんだけども(笑)。海に出ることには必ず「リスク」が伴う。自分の目の前に広がる海では、365日、違う風が吹いて、違う波がたって、違う潮の流れがあってで言ったら、自分が生きとる間、全く同じ海はないわけだから、同じ海に出るという行為のその先には、必ず全く知らない状況と巡り合う。

 

結局は、自分が経験した分のその経験値の中から、目の前の状況にトライするしかない。「航海プロジェクト」でも、全く同じ。ある程度予測を立てるところまでしかできなくて、「海を分かる」っていうことは不可能なんですね。それが言うたら、「海を学ぶには終わりがない」と言うか、一生やり続けるしかない

 

2017年 緑島への実験航海。突然のスコールが体を冷やす。ありがたかった。

 

一 これまで「何万kmも旅すること」で得たことを教えて下さい。

 

得たことは「自己満足」。ただね、それ以外に得たこともあるかもしれないけど、僕にとって大事なのは、何日間も何万kmを漕いだ風景の「記憶のビジョン」は残ってるんですよあの時の、波の形、空の色、雲の形。それで、今目の前の状況が、過去の記憶の中にあるビジョンと重なった時に、次の行動がわかる。考えるのではなく、感じている。感覚が研ぎ澄まされているから、覚えようとしなくても、見たものはすごい強烈にインプットされるわけだよね

 

一 「何でわざわざそんな危険なことをやるの?」ってきっと聞かれ慣れていますよね。どう思いますか。

 

もうそれは「面白い」から。楽じゃないし、めちゃめちゃしんどいだけど、心が生きる生きている実感が湧いてくる「心が生きる」とかっていうのは、「目以外の眼が開く」というか…。視覚以外の、嗅覚、触覚、聴覚、味覚、五感が全部開くわけですよ。ちょっとの動きでも見逃さないような鋭さで。動物たちが持っているセンサーみたいなものが、人間にも、本来は備わっているんだけど、それが自然の中で、体に色んなストレスというか、負荷がかかることによって、五感が開く。それが、「非常に今生きている」という実感をする時。

 

 

未来をつくり託せる子どもたちに自然の摂理を感じて学んでほしい

一 原さん主催の「冒険学校」で子どもたちにも教えていますよね。何故こういった学校を開こうと思ったのでしょうか。

 

家の中にいると分からなくなるんだよね。本当は自然に適応できる能力が人間に携わっていることを知るっていうことが大事。そういうことを知れば自然のすごさとか、偉大さ、自分たちもその中の一部で生きていることが分かる。今の子どもたちが、大人になる未来に、地球とどう共存していけるかっていうのを本気で考えている世界だと嬉しい

 

一 今の多くの私たちの生活に関して、やはり懐疑的な部分があると。

 

「自然の摂理」があるから。自然の中で無茶をすればしっぺ返しをくらうし、自然に従えば優しいときもあるし。その「流れ=繋がり」は、僕たち人間…、人間というか動物として、知らないといけないことだし、それを全くないまま、「自然を征服できる」と思い込んでやっている状況が、今「歪み」を生んでいる状況だと感じています

 

便利さや豊かさを享受した「高度成長期時代」があって、それを突き進めていった “ツケ” がまだまだ続いている。今からいくらでも未来をつくれる子どもたちに、自然の凄さや、人間もその一部だっていうことを知ってもらって、未来を託したい

 

 

自分はネアンデルタール人からホモ・サピエンスへの進化を感じる

一 「航海プロジェクト」のお話に戻りますね。このプロジェクトだからこそ得た「経験・知恵」、「課題」、「感覚」などなど、どれかをあげるとしたら具体的に何かを教えて下さい。

 

えっとね、「他人との協調性」を学ばせてもらいました(笑)。僕の性格的には、「ネアンデルタール人」なんですよ

 

一 ネアンデルタール人(笑)???

 

ネアンデルタール人は、「コミュニケーションの能力が比較的低いという説もある」って海部さんから教えてもらったんだけど。基本的にもう一人でずっとやってきたでしょ。一人が好き。

 

今回のプロジェクトでは、色んな人と関わって、何週間も一緒に暮らして、しかも5人も一緒に漕がなきゃいけなくて(笑)。それで「協調性」が大事なんだと思った時に、「ネアンデルタール人」的だった自分は、より協調性の高い「ホモ・サピエンス」への進化を感じているんですよ(笑)。特に、内田さんは「集団心理」も含めてわかっている人で、僕は内田さんに人間にしてもらったみたいなもんです(笑)。

 

複数人で阿吽の呼吸で力を合わせ目的地を目指す

 

一 学術的な正確さは置いて、原さんのおっしゃっていることはわかりました(笑)。「漕ぎ手キャプテン」としての、責任やプレッシャーはありませんか?

 

自分の実力以上のことはできないし、最大限ポテンシャルを出すだけで。最初はわからなかったけど、だんだんとやるべきことが分かってきて、来年、次は「舟」が見えてくれば、自分たちがどういうパフォーマンスをするかは見えてくる。あとは、舟に合わせるしかない。竹だったら竹に合わす。丸木だったら、丸木に合わす。舟に自分たちが合わせて、どう「舟のポテンシャル」を引き出せるかが、「漕ぎ手の役割」だから、まずはその舟がどういうのかを見ないと。

 

 

「竹筏舟」に吸い寄せられるものがある

一 ずばり、どの舟で航海することになりそうか、原さんの仮説を教えてください。

 

僕はね、「竹」をすごい信頼してるんですよ。竹で漕いでみたいですね。竹は直進性も高いし。戦えると思います。いや、海じゃ本当は戦っちゃいけないけど、十分勝負はできそうな気がするんですよね。

 

「竹筏舟」でも十分勝負はできそうな気がするんですよね。

 

一 内田さんからは、「竹は少し肉体との距離を感じた」と感想をもらいました。

 

それは言ったら僕たちの問題で、竹筏舟に必要なのは「パワー」なんですよね。本来、「カヤック」とか「丸木舟」っていうのは、パワーじゃなくて技術的な方が必要になってくる。丸木舟は長距離を漕ぐ上ではすごい優れていて、3日間漕がないといけないといけない条件であれば、安定感もあるんだけどね。

 

ー でも「竹」推し?

 

1回目の実験の時に、竹筏舟、最後に吹いた風さえなければかなり行けたと思う。予想通りの、海況さえ許せば、かなり予想通りのルートを行ったんで。緑島の実験は天候さえ、見極められれば、僕は、出来てた可能性が高かったと思う。丸木だったらスピードも出るし、海況さえ良ければ、おそらく行けるだろうなって言う確信もあるんだけど、それ以上に竹の方に吸い寄せられるものがある。

 

竹筏舟は、人が休憩入れた状態でも安定している、5人乗っても安定性があったと思うんだけど、なんでみんなあんなに早くダメだって言ったのかなあ…。もう1回改良して海況さえよかったら、竹筏舟でも行けるチャンスはあるかな。

 

 

3万8千年前から「自然と生き続けてきた人たち」から学ぶ大事さ

一 原さんにとって、海に人が導かれていく、魅力を感じる意味を、教えて下さい。

 

僕はたまたま海の人間ですけど、海じゃなくてもいいと思うんですよね。それこそ人間は日本列島に3万8千年前から暮らしてきた、自然と共存しながらね。その人たちの知恵とか文化とか、先人のことを学ぶのはめちゃくちゃ大事だと思うんですね。

 

それが戦後70数年で、人間の築いた文明が、人間と自然の中に大きな壁を作ってしまって、バランスを崩してしまった。今生きている環境も、もうバランスがずっと崩れている状態になってしまった。

 

だからこそ、「航海プロジェクト」も、大昔過ぎて途方もないんだけど、やっぱり自分たちが生き続けるためには、「生き続けてきた人たち」の知恵とか考え方、やり方を振り返り、学ぶことが非常に大事なんだと思う

 

普通は、3万年以上も前の人たちは、我々より劣った人たちという印象があるかもしれないけれども、実際、3万年前の人たちが試行錯誤してやったであろうことと、僕たちが今挑戦している間に必要としていることは、そんなに変わりがない。舟を漕いで、キャンプして、魚を獲ったりとかをしてる。そういう意味で言えば、航海してきた我々の祖先たちは、個人としての能力も高かった人たちじゃないかな。

 

2017年 夜明けを海で迎える。陸上の喧騒を離れると3万年前にタイムスリップしたような不思議な感覚だった。

 

一 この「最後の実験航海」にかける想い、を教えてください。

 

どうなるかわからないですけど、まあ、「精一杯」とだけしか言いようがないです。自分の持てる力を100%出し切れば…、あ、100%出しちゃいけないんですけど。100%の力を出すと、動けなくなって死んでしまう可能性が高くなるから。だから3割くらいの体力の余力を残しつつ、気持ち的には100%でやらないと全力で!

 

インタビュアー: 「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」 クラウドファンディング事務局・田島沙也加


◆プロフィール:原 康司(はら こうじ)

1972年山口県出身。92年アメリカ大陸自転車横断を皮切りに94年アマゾン河単独下降4,000km。インドネシア・トギアン諸島にて3年に渡り真珠養殖業に従事しシーカヤックで周辺の海洋民族との交流を持つ。96年からアラスカ遠征を繰り返し、ユーコン河カヤック単独下降3,000km、北極圏自転車横断1500km、北極圏ノアタック河、コブック河単独下降。九州カヤック一周1200km、瀬戸内海をカヤック縦断500km(山口県大津島~兵庫県淡路島)。2003年にはアラスカ・ベーリング海沿岸1700km単独航海に成功。瀬戸内横断隊連続参加隊員。2014年japan to korea expeditionアメリカ人青年マイケルリード氏とともに福岡~韓国釜山まで250kmを史上初無伴走船でのシーカヤック単独横断に成功。国際漂着ゴミ問題の解決に向けたキャンペーンを行う。2代目瀬戸内横断隊隊長。DAIDUK OCEAN KAYAKS & ADVENTURE主宰。レスキュー3・SRT-1 日本赤十字社救急法救急員。日本赤十字社水上安全法Ⅰ・Ⅱ救助員。自然体験活動CONEリーダー。打瀬舟建造航海プロジェクト他。


 

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